富士登山今昔
富士塚
ここで富士山への登り口を確認。
今は一般向けの登山ルートは4つ。
ほかに難易度の高い登り口が二つありますが、昔はもっとあった。
白い四角の場所が現在の一般向け登り口。

「富士山歴史散歩」遠藤秀男 羽衣出版 平成8年よりお借りしました。
私も何度か登りました。
「富士山に登らぬ馬鹿、2度登る馬鹿」って言いますから私は大馬鹿。(笑)
高校へ入ると、富士登山は新入生の恒例行事になっていた。
みんな普段着に布靴履いて、手には金剛杖。
翌年、この中の一人からラブレーターをもらいましたが、
お互い恥ずかしくて…。
とうとう話もしないまま卒業。
「青いレモンの味」のままでありました。
前列、カーディガンを羽織っているのが私。

それから数十年後に再び、同じ富士宮口の同じ3合目から。
このときはすでに5合目(2400m)まで車で行けましたが、
あえて3合目から登りました。
で、なんで「〇合目」などと枡でお米を計る言い方をするのかというと、
穀物を上から落とすと円錐形になる。その形と同じだからなんだそうです。
だから、富士山の異名の一つが「穀聚山」。
このときは廃道になって久しかったため、道はひどく荒れていました。
山小屋が屋台くずしになって散らばっていたり。
でも昔の標識なんかがまだあって感慨無量でした。

富士山旧道
明治・大正頃の登山はどうだったかというと、
菅笠にゴザをしょって…。
ゴザは防寒と雨具と布団がわり。

「昔の富士登山」和田嘉夫 私家本 平成21年よりお借りしました。
私が行ったころは、こんなブルドーザー道も。
当時は診療所に医者を送るためと聞いていたけど、
私がいた新聞社の局長はこれで登頂したって言ってた。

こちらは、富士開山式に向かう新聞記者団の一行だそうです。
大正5年の写真です。
記者さんたちも背中にゴザを背負っています。

「昔の富士登山」和田嘉夫 私家本 平成21年よりお借りしました。
こちらは「駿河須走口」の写真。同じく大正5年。
駕籠に乗って登山をした人がいたんですねぇ。
お金持ちか足腰の弱い女性だったのでしょうか。
この仕事で暮らしが立つ人がいたのですから、ま、いいか。
でもこの写真の富士山、筆で描いたような…。

同上
富士山のだいご味は、なんといっても大砂走りを駆け下ること。
急斜面をどこまでもズルズル、1歩で3m先へ行く。
止まろうにも止まりません。
靴の中に溶岩の砂が入ろうが構っちゃいられません。
砂塵を巻き上げて、駿河湾へ向かって飛び込んでいく感じ。
あっという間に下界です。
爽快で、あれは病みつきになります。

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今は一般向けの登山ルートは4つ。
ほかに難易度の高い登り口が二つありますが、昔はもっとあった。
白い四角の場所が現在の一般向け登り口。

「富士山歴史散歩」遠藤秀男 羽衣出版 平成8年よりお借りしました。
私も何度か登りました。
「富士山に登らぬ馬鹿、2度登る馬鹿」って言いますから私は大馬鹿。(笑)
高校へ入ると、富士登山は新入生の恒例行事になっていた。
みんな普段着に布靴履いて、手には金剛杖。
翌年、この中の一人からラブレーターをもらいましたが、
お互い恥ずかしくて…。
とうとう話もしないまま卒業。
「青いレモンの味」のままでありました。
前列、カーディガンを羽織っているのが私。

それから数十年後に再び、同じ富士宮口の同じ3合目から。
このときはすでに5合目(2400m)まで車で行けましたが、
あえて3合目から登りました。
で、なんで「〇合目」などと枡でお米を計る言い方をするのかというと、
穀物を上から落とすと円錐形になる。その形と同じだからなんだそうです。
だから、富士山の異名の一つが「穀聚山」。
このときは廃道になって久しかったため、道はひどく荒れていました。
山小屋が屋台くずしになって散らばっていたり。
でも昔の標識なんかがまだあって感慨無量でした。

富士山旧道
明治・大正頃の登山はどうだったかというと、
菅笠にゴザをしょって…。
ゴザは防寒と雨具と布団がわり。

「昔の富士登山」和田嘉夫 私家本 平成21年よりお借りしました。
私が行ったころは、こんなブルドーザー道も。
当時は診療所に医者を送るためと聞いていたけど、
私がいた新聞社の局長はこれで登頂したって言ってた。

こちらは、富士開山式に向かう新聞記者団の一行だそうです。
大正5年の写真です。
記者さんたちも背中にゴザを背負っています。

「昔の富士登山」和田嘉夫 私家本 平成21年よりお借りしました。
こちらは「駿河須走口」の写真。同じく大正5年。
駕籠に乗って登山をした人がいたんですねぇ。
お金持ちか足腰の弱い女性だったのでしょうか。
この仕事で暮らしが立つ人がいたのですから、ま、いいか。
でもこの写真の富士山、筆で描いたような…。

同上
富士山のだいご味は、なんといっても大砂走りを駆け下ること。
急斜面をどこまでもズルズル、1歩で3m先へ行く。
止まろうにも止まりません。
靴の中に溶岩の砂が入ろうが構っちゃいられません。
砂塵を巻き上げて、駿河湾へ向かって飛び込んでいく感じ。
あっという間に下界です。
爽快で、あれは病みつきになります。

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