fc2ブログ

送別パーティー …㊵

田畑修一郎2
03 /26 2022
その八重が明日退院するのだという。
その知らせはハツエによってもたらされた。

ハツエは自分と同じ筋腫の患者が、
自分より後から入院して先に退院していくことに不満を漏らしていたが、
Tさんの「お別れ会」発案には賛成した。

午後7時、面会者が帰る時間になった。
それを待っていたかのように、Tさんが外へ出かけて行った。


IMG_4896.jpg

私はハツエと一緒に各患者のサイドテーブルを部屋の中央に並べた。
あとはまわりに椅子を置けば、パーティー会場の出来上がりだ。

まもなく両隣りの部屋から患者たちがやってきた。
それぞれの手にたくさんの食べ物を抱えていた。

八重も何やら腕に抱えてやってきた。

急ごしらえの宴卓にはみんなが持ち寄ったメロンや桃の缶詰、カステラ、
ウーロン茶など、病気見舞いにもらった品々が所狭しと並べられた。

外からTさんが帰ってきた。胸に新聞紙の包みを抱えている。

新聞紙を開けると、焼き芋の香ばしい匂いが湯気と共に部屋に漂った。
とたんに「わぁーっ」と歓声があがった。

Tさんは病院を抜け出して、屋台の焼き芋を買いに行っていたのだ。

面会者が息子たちだけという私には、持ち寄るべき品物がなくて
うろたえていると、
「いいから座って座って」とTさんが椅子を勧めてくれた。

小さな宴卓のまわりに、思い思いのガウンを着た7つの顔が並んだ。
ふと、真弓がいた空のベッドを見た。

こちらに顔を向けた真弓が、
ピースサインをしてニコニコ笑っているような気がした。


IMG_3071_202203122256445ae.jpg

「やっと、あそこの毛が生えてきたよォ」
八重が開口一番、こう言った。

「チクチクしてサ、やだねぇ」

みんながドッと笑った。
笑いながらうなづくのは、みんな経験者だからだ。

「でもさ、何はともあれ、退院おめでとう!」

缶ジュースやヨーグルトやお茶缶を持つみんなの手が高々とあがった。
林立するその腕の間から、ハツエの顔がチラッと見えた。

ハツエはひどく鋭い目で八重を見ていたが、
八重は何も気づかないとでも言うように、大きな口を開けて笑っている。

それから自分が受けた手術の話をし出した。

「私サ、下半身麻酔だったでしょ。
手術中、胃なんかがググーッって引っ張られるんだよね。
すごく気持ちが悪くてさー、思わず早くしてよ!って叫んじゃった」

「あら、麻酔が効いただけでもよかったじゃないの」
と、茶のガウンを着た女性が言った。

「305号室の人なんかね、麻酔が効かなくてすごく痛かったんですってよ」

「いやだあ」
みんなが悲鳴を挙げた。


IMG_2310_2022031222583813c.jpg

「麻酔が効かないなんて、そんなことがあるの?」
「あるらしいわよ、たまに」
「いやだあ。で、どうしたの、その人」
「手術が終わるまで、痛い痛いって叫び通しだったんですって。
そしたら医者がね、幻覚だ!って怒鳴ったんですって」

「ひぇ~」

みんな自分の傷の痛みを思い出して、一斉に身をすくめた。


「なにしろ手術中に足の感覚が戻ってきて、
ビリビリしびれてきたっていうんだから、幻覚じゃないと思うけどねえ」

「うーん」

居合わせたみんなが互いの顔を見た。茶のガウンの女性がまた言った。

「だけど麻酔が効かないと治りが早いんですってよ」
「ほんと?」
「その人、そう言ってたもの」
「だけどいくら早くても、生身の腹切りじゃ、いやよねぇ」
「そうよ。あんなもの、知らないうちにチョンとやっていただくのが一番よ」

結論がでたところで、7人はしばらく食べることに専念した。

DSC01377_20220312230135d97.jpg

胃が満たされると、また会話が始まった。

そんな中、
さっきまで自分の手術の様子をアッケラカンと披露していた八重が、
ポツリとつぶやいた。

「これで私も子宮がなくなっちゃったんだよねぇ」

にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞