fc2ブログ

死んだはずだよ、卯之助さん

三ノ宮卯之助
10 /10 2021
卯之助話がようやく終わってヤレヤレと思ったのも束の間、
「とりけらさん」「へいへいさん」のブログを拝見して、

唖然茫然。

そこには、卯之助の没年に疑惑が生じる記事が…。

生家の当時のご当主によると、卯之助の没年は嘉永7年(1854)。

しかし、三野宮香取神社に残された「天神像」(筆子塚)の台座に、
「向佐多次郎 同 夘(卯)之助」と刻まれていて、

その年号が公表していた没年より4年もあとの
安政5年(1858)というのだ。※「向佐」は卯之助の本名。

なに! 卯之助は没年から4年も生きていた!

どこまで世間を騒がせるヤツなんだ、ッたく! 
と、ボヤキつつ、
うやむやが一番嫌いな、融通の利かない私のこと。

早速、真相究明に乗り出しました。

まずは、
「とりけらのアウトドア&ミュージック日記」から。

こちらは三ノ宮香取神社の卯之助石の保存場所です。
三野宮とりけらさん
埼玉県越谷市三野宮

とりけらさんは野の草花音楽に詳しいだけではなく、
ポタリングの利点を生かして、水源富士塚などを巡っている方。

これがまた微に入り細を穿って、詳しいこと。

最近では力石にも言及してくださっています。

そのとりけらさんの「安政5年生存説」を思わせる
「天神像」(筆子塚)の記事がこちら。

「三ノ宮卯之助(うのすけ)の力石が…」

問題の天神像です。学問の神さま、菅原道真が彫られています。
とりけら筆子塚

とりけらさんのこの記事を見て、
「へいへいのスタジオ2010」のへいへいさんも、早速現地へ。

このお二人、フットワーク抜群です。
そして故郷・埼玉をこよなく愛することや、自然が大好きな所も似ています。

へいへいさんはもう皆さまにはおなじみかと思いますが、
探求心はもちろん、情感あふれる写真のすばらしさには定評があります。

三野宮香取神社の卯之助の力石群と石像です。
へいへいさん筆子塚1

詳細は下記をどうぞ。

「三野宮香取神社の力石と筆子塚」

この「天神像」は、
とりけらさんとヘイヘイさんが指摘しているように「筆子塚」です。

その台座左の面に、確かに「夘之助」の名がありました。

向佐多次郎
同 夘之助


「死んだはずだよ、お富さん」じゃないけれど、

私もびっくり。

♪ 死んだはずだよ、卯之助さん、
  生きていたとは、お釈迦様でも、知らぬ仏の卯之助さん

へいへいさん筆子塚2

実はこの話には、があります。

その種明かしの情報は、やっぱり斎藤氏が持っていました。

斎藤氏も上記のお二人同様、埼玉県人です。
埼玉の人はやっぱり凄い! 私が尊敬する酒井正さんも埼玉の人です。

上げたり下げたり、私も忙しい(笑)

種明かし、というより、本当はやりたくない大暴露

それでは次回まで、しばし…。


にほんブログ村 歴史ブログ 日本の伝統・文化へ
にほんブログ村

スポンサーサイト



雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞