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錦絵に描かれなかった卯之助

三ノ宮卯之助
09 /22 2021
今年7月、ご逝去されたノーベル物理学賞受賞の益川敏英先生、
生家の家業が砂糖の問屋だったとか。

2階建ての自宅の下が倉庫、上が住居。

両親は早朝から働きづめ。父親は重い砂糖袋を担ぐ毎日。

高校生のころ、父の体力も限界と感じた益川さん、
その父に代わって、
百㎏のキューバ糖(ザラメ)が入った麻袋を担いでいたそうです。

ノーベル賞受賞者がそんな力持ちだったとは。

ちょっと嬉しくなりました。

それはさておき、

下の絵は、昭和40年ごろの東京の石屋さんです。
大きな石が置いてあります。ここの石、力持興行にも調達されたかも。

「谷中の石屋」 川辺菊久・画
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「上野浅草五十景」台東区役所 昭和40年

この絵の石屋さんかなと思う店が、
安藤鶴夫の「巷談 本牧亭」(桃源社 1963)に出てきました。

講談の寄席・本牧亭の常連で、
「谷中でも古い石屋「石初」の隠居・岩井初五郎です。

「足持石」に刻まれていたのは「石佐」だけれど、
同じ石屋ならひょっとして、
「石初」のご隠居、「足持石」のことをご存じだったかも。

この石には「本牧亭」と彫ってありますから。

話を幕末に戻します。

同時代に生きた卯之助鬼熊を可能な限り、推測も交えて対比していきます。

この二人の大きな違いは、生まれと職業です。

鬼熊は江戸生まれ。
酒問屋・豊島屋の奉公人で、のちに居酒屋の主人になった。
生業を持ち、力持ちはあくまでも木戸銭を取らない奉納に徹した。 

卯之助は武州岩槻藩(埼玉県)生まれ。
香具師(興行師)配下の力持ちとして見世物興行に従事した。

江戸っ子が特に重視したのは、
江戸生まれで、ほかに生業を持ち木戸銭を取らなかったこと。

これが江戸っ子の自尊心と心意気をくすぐった。

鬼熊は酒問屋のタルコロ時代から幕末まで、たびたび絵に描かれた。

タルコロ時代の鬼熊
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「鬼熊の戯れの図」絵本風俗往来

相撲の高砂部屋で稽古を見ている鬼熊。
右上、腕組みをしているのが鬼熊です。

力持ちが相撲部屋にいるという、
こういう形で錦絵に描かれた力持ちはほかにはない。

「改正相撲稽古場之図」蜂須賀(歌川)邦明・画
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国立国会図書館蔵

下は、幕末のペリー来航当時に幕府が配ったかわら版

右から3番目、米俵を2俵持ち上げているのが鬼熊です。
あとはすべて、相撲力士。

アメリカから見たこともない献上物をもらい、そのお返しに米を献上。
その運搬に力持ち力士を使った。

「日本人は米俵を一人でこんなに持ち上げることができるんだぞ。
お前たちアメリカ人よ、持ち上げて見ろ。
一俵でへたばっているではないか!

というかわら版を幕府がつくって、民衆に配った。
力持ちも意外なところで、国威発揚をしたものである」(平原直)

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「物流史談・人間の知恵」平原直 流通研究社 2000

以下の記事にも載せました。
ご覧ください。

「相撲力士と力持ち力士」

錦絵に描かれたのは鬼熊だけではなく、
万屋金蔵、土橋久太郎など多くの力持ちがいますが、

卯之助にはありません。

当時の江戸庶民や素人力持ちたちは、
香具師と共に一座を組んで興行して歩いた関西の力持ちを、
一段下に見ていました。

事実、江戸の素人力持ちの方がプロより実力があったことを、
「十方庵遊歴雑記」が書いています。

絵に描かれた力持ちたちのほとんどは、地元で八百屋や材木商、
酒屋などの経営者や奉公人でしたから、

稀有の力があっても生業が見世物という卯之助は、
関西の力持ち同様、
素人力持ちとは一線を引かれていたのではないかと思います。

こんなことを言うと、卯之助の贔屓筋から、

「オイオイ。お前さんはずいぶん卯之助に冷たいんじゃないかい」

なんて言われそうですが、そうです。冷たいんです。
なにしろ私は、美男の木村与五郎にぞっこんですから。

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悔しかったら、卯之助の錦絵を出しゃあがれ

あれ、私としたことが、はしたない…。


ーーーーー静岡のぶどうですーーーーー

力石のご縁で、20年以上お世話になっているNご夫妻が、
採りたてのぶどうを届けてくださった。

今年はコロナ禍でぶどう狩りは中止、購入のみとのことでひと房お願いした。
いつもは電話を受けてからエレベータで階下へ降りて行くのですが、

本日はなんと、ドアを開けたら、ご夫妻がニコニコと立っていた。
80歳と83歳のいつも仲良しのすてきなご夫婦です。

玄関先での応対で申し訳ないと思いつつ。
この温かさにどれだけ教えられ、助けられてきたことか。

ちなみに私の家の表札は、奥様の書かれたものです。

ピオーネ(種なし)です。大きな粒です。
CIMG5667 (3)

静岡でぶどうというと、驚かれるかもしれませんが、
大塚さんには長い歴史があります。

「大塚ぶどう園」

静岡市葵区福田ケ谷88 ☎054-294-9767
http//www.otsukabudouen.jp/

早速、いただきます!
Nご夫妻の優しさを感じながら。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞