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善意の提供

三ノ宮卯之助
09 /16 2021
顕彰碑の「検証」、いよいよ最終回です。
「足持石」を取り上げます。

今から12年前の2009年11月、
斎藤氏が見つけた卯之助、39個目の石です。

浅草を歩いていたら赤い鳥居の小さな稲荷神社があった。
鳥居のそばに大きな石が…。

力石ハンターの直感で、

「足差しした石だ! これを持ち上げられるのは卯之助しかいない!」

しかし石は、埃まみれであちこち剥離。無残な状態です。

かろうじて「丣(卯の異体字)之助」が読めた。
高鳴る胸を押さえて、水をかけると「三ノ宮」が現れた。

これがその時の写真です。
img20210423_19343073 (2)
東京都台東区浅草・合力稲荷神社

背筋ゾクゾク。胸、ドッキンドッキン。

思わず「やったあ!」

力石に興味のない方には、「いい大人が…」と笑われるかもしれませんが、
関東地方、とりわけ埼玉では「卯之助」は特別な存在ですから、
卯之助石の新発見は、砂の中からダイヤモンドを見つけたに等しいんです。

しかも「弘化」という年号まで確認できたのです。

そこで卯之助研究者として知られていた憧れのT氏に、
人を介して報告。

さらに、さいたま市の酒井正氏(スケッチをたくさん残された方)から、
「すごい発見です! Tさん、喜んでくれるはずだから」と背中を押されて、
再度、写真を添えて送った。

が、反応なし。

39個目のこの発見は、
翌2010年の「新発見・力石」(高島愼助 斎藤保夫)に、すぐ掲載された。

しかし、T氏から新たな論文は出されなかった。

それから12年目の今年、
卯之助の顕彰碑が建てられて、斎藤氏は今度こそと期待したのだが、
「足持石」は碑のどこにも刻まれてはいなかった。

斎藤卯之助1
埼玉県越谷市・中央市民会館

斎藤氏、落胆。

「なぜ、ここまで無視されるのだろうか」という思いにさいなまれた。

見かねて、私から碑の建立に関わった方にお聞きしたら、

「現地へ行き、卯之助の名前も確認しました。
今になって思うと、碑に加えるべきだったと…」

卯之助の現存力石39個のほとんどは地元埼玉にあり、
東京にはこれを加えて3 個しかない。

卯之助は、例の「御上覧力持」の天保4年以降は、
憧れの大先輩、土橋久太郎の足跡をたどり、信州を経て大阪へ出かけている。

その大坂での興行から嘉永元年の地元埼玉での興行までには、
8年間の空白がある。

この石はまさにその「空白の8年間」を埋める石だったのです。

斎藤氏がいうように、
「天保と嘉永をつなぐ弘化年間の卯之助の行動を知る貴重な石」
だったわけです。

IMG_7372.jpg

そのことを今回、碑の建立に関わった郷土研究会の方々が、
知らなかったとは思えない。

いずれも、歴史に造詣の深い郷土史専門の方々で、
T氏亡きあとも、
卯之助を「郷土の偉人」と称え、熱い思いを論文で発表している。

だから、その重要性は充分理解されていたはず。

それは、以下の新聞記事を読んたら一目瞭然。

東京新聞の記事(2020年2月15日)
「合力稲荷神社に説明板」

記事によると、研究会では寄付を募り、集まった約30万円もの寄付金で、
合力稲荷神社に「足持石」の説明板を作ったという。

台東区では「足持石」を区の史跡に認定。

これを受けて地元では、
力士の参列や手踊りの披露などを催し、説明板の除幕式を行った。

力石を見つけることはなかなかできません。
見つけても、その石に刻まれた文字を判読することは簡単ではないのです。

それなりの知識根気、それに怪しまれるという不安もあります。
そんな中で、「三ノ宮卯之助」「弘化」を読み取ったのです。

IMG_7382.jpg

研究会の方々が、そうした発見の経緯や真の発見者を、
把握していたかどうかはわかりません。
ですが、
T氏や研究会の功績でないことはどなたにもわかっていたはず。

大金をかけて説明板を作ったことからも、
この石の重要性を十分理解していた。なのに顕彰碑からはずした。

私もそうですが、
石発見者の多くは、自分の研究発表の場を持っていません。

新発見したら、それが力石の歴史に少しでも寄与することを願って、
発表の場を持つ人に全くの善意で、情報を託しているだけなのです。

いわば協力を惜しまない「共同研究者」としての立場なのです。

「善意・無償の情報提供」とは、

「無視されても構わない」「あなたの功績にしていいですよ」
ということではない。

もちろん、
「碑に発見者の名前を書け」などという低級な要求をしているのでもない。

ただ、
善意には敬意感謝を、

ということを、

私は言いたいのです。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞