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3枚の引札+1

三ノ宮卯之助
09 /10 2021
ここで引札(ひきふだ)について、聞きかじりの蘊蓄(うんちく)を傾けます。

引札とは、今でいう「広告」「宣伝ビラ」のことです。

幕末に刊行された「近世風俗志」(喜多川守貞)に、
「関東では「引札」、関西では「ちらし」と云う」とあります。

「ちらし」は、あまねく世上に散らして商品などを宣伝したから「散紙」
引札は、人の「気を引く札」の意味とか。

「飛羅(びら)という言い方もあります。
「ビラを配る」なんて、今でも言いますよね。

ビラはポスターのこと。「絵びら」は絵が描かれたビラのこと。
電信柱や塀なんかに貼った。

芝居、寄席、相撲、見世物の引札はみんな「びら」。
力持ち興行の引札も、ビラの一つ、「絵びら」です。

ここで、卯之助の「絵びら」を見ていきます。

この絵びら(引札)、現在、3種類残っています。

一つ目は、「昭和26年 木版刷り 高崎力・蔵」とありますから、
昭和26年に、卯之助生家にあった版木から摺ったものでしょう。

img20210719_21302130 (2)

その証拠は、横一文字の割れ目です。

版木は桜の木などの固い木を用いるそうですから割れにくい。

生家ではまな板として使っていたそうですから、その時、できたものかも。

こちらが版木です。(現在、所在不明)
※この版木、平成18年以降、何者かが借りに来て返却しないままだとか。

引札はポスターですから意外に大きい。

34.3×46.5㎝もあります。

IMG_3167.jpg

二つ目はこちらです。

割れ目のないきれいな摺りです。
絵柄はよく似ていますが、よく見ると、ところどころ違う個所があります。

一番上の赤丸からいきます。

力士の左手が消えています。
真ん中の赤丸では、
乗っている人のが消えていて、馬の衣装の模様も違います。

一番下、左から2番目の力士の持つ
一つ目は扇のかなめだけしかありませんが、こちらは全部描かれています。

三ノ宮卯之助の「助」の下に引いた横棒が、これにはありません。
人物の顔もかなり違います。まだありますが、割愛。

横一文字の割れ目がありませんから、先の版木とは別モノですね。

img20210719_18554454 (2)
三重県総合博物館所蔵

三つ目をお見せします。

かなり違います。

一番の違いは、右の表題です。

先の二つは「江戸力持 三ノ宮卯之助」ですが、
こちらは、
「江戸力持 岩附七五郎 栗橋徳治郎 岩附長治郎」です。

右上、青丸のにあった「卯之助」の名前も消えています。

青丸にあった文字は全部、消えています。

馬に乗る人の消えていたは再び現れて、1つ目の絵と同じになりました。

右端の桶から力士の腰まで延びていた小枝が消えています。

力士の持つの文字が全部「力持」に変っています。
左側の横倒しになったつり鐘から文字が消えています。

img20210719_18563747 (2)

ただし、この3点の引札で共通しているものもあります。

左横の但し書きです。(黄色の丸)

「御成先 御上覧仕候」

御成先とは、
将軍が諸大名に下賜した上屋敷や大名の菩提寺、神社などのことです。

ご上覧は将軍だけではなく、
藩主などに相撲や力持ちの妙技を見せた場合にも言います。

さて、この3つの引札、似ているようで違うし…。

ハテハテ?

そこで調べたら、版木というものは、

「版元の版権の移動で所有者が変わるたびに、
新たな人物名を彫った材に変更したりする」

そうです。

このことから、この3点ともそれぞれ別の版木から摺られたものかな、と。

「卯之助」の名を削って、新たに3人の名を彫った最後の引札は、
明らかに全く別の版木で作ったものということがわかります。

この3人、嘉永2年に卯之助と共に山梨県甲府市で興行していて、
太田町の稲積神社に連名の力石が残されています。

img20210907_16490915 (2)
「群馬・山梨の力石」高島愼助 岩田書院 2008

このことから、卯之助とはつながりがあったことが判明。

しかし、引札では大先輩・卯之助の名を消し、「御成 御上覧」は残した。

この3人、
例の「卯之助一座の御上覧」番付には名前が載っていないのに、
ここだけは、ちゃっかり流用した。

この流用がバレないためには、
卯之助没年の嘉永7年以降でなければまずいはず。

さては、卯之助の謎の死と何か関係があるのか!
なぁ~んて勘繰りたくなりますが、こうなると今度は、

「卯之助ミステリー劇場」になってしまいますから、憶測はこれにて、

お・し・ま・い

と、ここで、新情報です。

斎藤氏によると、
最近、ネットオークションにこれらと類似した引札が出たそうです。
憶測ですが様々な要素から、これが一番最初に彫られたものではないか、と。

なので、現在までに確認できたのは、「4種類」ということになりました。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞