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「なんでも鑑定団」に碁盤

埼玉県幸手市にかつて存在した「間宮家」を追っています。

「よそ様のことを根掘り葉掘り」とお叱りを受けそうですが、
とにかくもったいないという気持ちが先へ来てしまいました。

だって、凄い人が出た家ですから。

不思議に思うのは、
地元の郷土史家さんたち、なんで調べなかったのかって。

私の父の生家は田舎のしがない神主で、幕末に没落。
一族はバラバラになってしまい、今は生家あたりに血縁者は誰もいない。

ですが有難いことに、

平成になっても父の一族が代々守り続けた神社のことを、
地元の郷土史家さんたちが熱心に調べて、機関誌に発表しているんです。

先祖が懇意にしていた代官の屋敷が解体されたときは、
重要な古文書が出てくるのではないかと人々が集まったとも聞きました。

だから疑問に思ったのです。

戦国武将の影がちらつき、本因坊まで出した名家のことを、
墓石が発見される平成15年まで、なんで誰も知らなかったのかって。

斎藤氏によると、
10年前の2010年5月18日放送の「開運! なんでも鑑定団」に、
「本因坊察元」の名前と花押がある碁盤が出されたとのこと。

クリックすると、察元の碁盤が出てきます。

「江戸時代の碁盤」

右下の赤い「OPEN THE PRICE」をタッチすると、

「碁盤は江戸初期に作られたもの。最高級品のカヤ材。
碁盤としての価値30万円、察元の資料的価値20万円」

という鑑定士総評が出てきます。

「察元の資料価値は20万円」…。よくわからないけど、安いなあ。

この碁盤の出品者は今は亡き大橋巨泉さん。

碁盤に記された年号は江戸中期後半の「明和七年庚寅」
察元37歳の脂の乗り切ったころのものです。

明和四年に名人、その3年後の明和七年に、
囲碁四家の総取締役の碁所(ごどころ)になった。

もう名誉あるタイトルは全部もらった、

「明和七年」は、そういう頂点に上り詰めた記念すべき年なんですね

碁盤の制作は江戸初期ということですから、
本因坊家に伝わるような特別な碁盤に、
新たにこの年号を書き入れたということになります。

で、このときも地元ではなんの動きもしなかったのでしょうか。

碁盤はジャズシンガーの娘さんがファンからプレゼントされたものとか。

ジャズシンガーに碁盤をプレゼントというのも信じがたいけれど、
でも、持ち主がいて、それが手元にあった事情を知らないはずはない。

その碁盤は今、どうなっているのでしょうか。

あれやこれやとよそモンがうるさいとお思いでしょうが、

やっぱり私は知りたい

だからおせっかいは続きます。


      ーーーーー◇ーーーーー

高島先生ブログ(9・9)

「東京都港区赤坂・報土寺」

東京の「雷電為右衛門」の墓と力石を紹介しています。

ブログ「へいへいのスタジオ2010」
へいへいさんが長野県で撮影してきた「雷電」も合わせてご覧ください。

「力士雷電の像」

ほか、「生家」「墓」「力石」など10カ所ほど載せています。

今夏、駆け足で長野を巡ってきたとのこと。
撮影技術、内容ともに充実していて圧倒されます。

    ーーーーー◇ーーーーー

  日本棋院「囲碁殿堂資料館」にお聞きしました
         をクリックすると資料館へ繋がります。

「鑑定団」へ出された察元の碁盤について、資料館へ問い合わせました。

資料館に察元の碁盤はありましたが、
「鑑定団」で紹介された碁盤とは別物だそうです。

ちょっと残念

で、巨泉さんの碁盤については現在どのような状況にあるのか
把握はしていないとのことです。

地元の幸手市郷土資料館にもないし、がまた増えてしまいました。
でも囲碁殿堂資料館へ、猛烈、行きたくなりました。


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プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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