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雑感です

=追記です=

本日、当市で2例目の病院関係者の感染がでてしまいました。
私が定期的に通院している病院です。

なぜ迅速な外出規制などの緊急措置をしないのでしょうか。
都会から田舎の実家へどんどん帰省者が来ます。
陽性者がいれば、どんどん拡散されます。

2月に政府が用意すると言っていたマスクも不足のまま。
人工呼吸器も間に合わない。生活保障もまとまらない。

抽象的な会見ばかりで、無策状態が2か月も続いている。

やっと出てきたのが全世帯に布マスク2枚支給。
とっくに自前で作ってますよ(怒)

たかがマスク2枚にかかる郵送代やら手間賃やら考えたら、なんともはや…。
それにいろんな人の手を経て配達されるマスクが、
ウィルスを運んでくるかもしれないというのに。

絶望的ー。

   ーーーーー◇ーーーーー

当地の新型コロナ感染者はまだ4人だけ、
と、なんとなく安心していましたが、やっぱり出てしまいました。

5人目の感染者は、感染症指定機関の看護師さん。
家族3人も感染。発熱のある状態で多数の透析患者と接触。

怖い状況になりました。

でも看護師さんを責められません。

不採算医療、儲からない治療は切り捨て。
利益追求を病院に強いた独立採算制のツケ。

その足腰の弱さが出てきたのでは、と素人ながら思いました。

私事ですが、私もその儲からない治療を受けている患者の一人です。

私はガンの手術で足の付け根のリンパ節を切除しています。
それからもう35年ほどたちます。
再発もなく、なんの支障もなく、ガンガン登山も仕事もやってきました。

ところが今から10年ほど前、
力石の調査の折、ムカデに噛まれ左足にリンパ浮腫を発症。

これはムカデなどの強い毒で、もろくなったリンパ管からリンパ液が漏れて、
足をパンパンに腫らせてしまう病気です。

実は、これを診てくれる病院を探すのに苦労しました。

CIMG3789.jpg

10年前は、病名を知らない医者がほとんどで、
「ムカデに噛まれてそんなになるわけがない」と笑う医者もいましたが、
その誤診のせいで蜂窩織炎になった。

公立病院でも、
「動脈血栓かも」と言われて正確な病名がつかない。

切羽詰まってネットで探したら、自分と同じ症例が出てきて、
それが「リンパ浮腫」だった。

今度はリンパ浮腫の病院を夢中で検索。
やっと診療内容に「リンパ浮腫」の文字がある病院を見つけて受診。
でもなぜかマッサージ師を紹介されただけ。

言われるままに訪ねたものの不快な経験をしたため、
それからまた、自力で病院探しです。

遠方でしたが、専門医のいる病院を見つけて受け入れていただき、
ようやく治療にこぎつけて、現在に至っています。

今の病院にたどり着いて、適切なストッキングの指示を受けたおかげで、
腫れた足は落ち着き、
今は右足に比べて2cm差ほどの太さで収まっています。

生涯、ストッキングは手放せませんが、
おかげで力石調査は支障なく続けてこられました。

でも、治療といっても現状維持ができているかを確認して、
その都度、適切な圧迫ストッキングの指示を出すだけですから、
病院はまったく儲かりません。

それでも担当医師はにこやかに診てくださいます。

この医療用ストッキングは医師の指示書がなければ購入できないので、
必ず受診しなければならないのです。
なので予約の日は一日がかりでもありがたく通っています。

医療を「儲かる」「儲からない」で選別されて切り捨てられると、
この病気の患者は象のようにパンパンの足になって動けなくなります。

「不採算医療」、
嫌な言葉です。悲しすぎます。間違っていると思います。

そのしわ寄せは患者にきますが、
最も害を被っているのは、医療関係者だと思っています。

人件費削減で看護師さんも医師も多忙を極めて、
ちょっとの熱では休めない状態ですから。

発熱したまま勤務していたこの方は、責任感の強い方なんでしょう。

下の写真は、戦争末期の1944年、米軍の20回にも及ぶ大空襲で
焼け残ったクスノキです。焼夷弾の雨に焼かれたものの、
3年後に炭化した幹から芽吹いたそうです。

今も病院の前で、黙って世相を眺めています。

つらい目に遭っても何度も起き上がってくる私を友人たちは、
「悪運が強い人」と冷やかします。

だからでしょうか。私はこの木と自分を重ねて見てしまうんです。

CIMG3666.jpg

今、東京や神奈川から田舎の祖父母の家にやってくる孫や、
帰省の学生さんが増えました。
感染した看護師さんも帰省した子供からの感染が疑われています。

これからどうなるか、わかりません。

でも私にはなんだかこう思えて仕方がありません。

効率や利潤の追求、何でもお金に換算する価値観、目先の損得が第一で、
基礎学問や哲学などの即効性のないものは切り捨てる…、

そういう目に見えるものだけを追求してきたグローバル資本主義が、
目に見えない新型コロナウィルスに襲撃されてあえいでいる。

門外漢が偉そうに、とお叱りを受けるかもしれませんが、
そんなことを考えてしまいました。

どうかみなさまも十分お気をつけください。
私もがんばります。


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石の中に歴史が…

「見つけてやるぞ!」の執念と情熱で、
廃棄処分寸前の庭石群から、弥五郎の「玉鶴石」を発見した斎藤氏。

「蓮沼は主人ではなく、私の先祖なんです」
という須崎家ご当主の奥さまから、こんな話も聞き出します。

「蓮沼家は代々、伊右衛門を名乗るしきたりだったが、
家業の廻船問屋をやめてから名乗らなくなり、
さらに明治のころ、
「須崎(すさき)の渡し」にちなみ、蓮沼須崎に改姓した」

「渡しは対岸の今上の人とうちと3、4軒でやっていて組合もあった」
「舟に成田山参詣の客を乗せて連れて行った」

そんな渡し場の賑わいを聞いていた斎藤氏、こんな情景を思い浮かべます。

「地元の有力者・伊右衛門さんは、祭りか何かの行事のアトラクションに、
そのころ関東一円に剛力者で鳴り響いていた弥五郎を招聘して、
近隣の村人たちや旅人たちと力技を楽しんだのではないだろうか」

下の絵は絵本「こうしんさまの力石」の主人公・作太郎です。

弥五郎もこんな感じだったのではないでしょうか。
見物人のどこかに、蓮沼伊右衛門もいるような気がします。

img20200325_19521629 (3)img20200325_19550187 (2)
「こうしんさまの力石」野村昇司・作 安部公洋・絵

絵本にはこんなことが書かれています。

子どもの頃は力がなかった糀谷村(こうやむら)の作太郎。
そのため、畑仕事でも海苔仕事でも失敗ばかり。

そこで願いが叶うという叶仏堂(かなぶつどう)」の庚申さまに、
「力持ちになりたい」と手を合わせた。

そんなある日、叶仏堂の境内に、どこからか大きな石が飛んできた。
五十六貫目(210㎏)もある大石だ。

何年かたち、よく働いて力をつけた作太郎は、
村の力自慢が誰一人持てなかったこの石に挑戦し、見事持ち上げた。

それからというもの、村の若者たちは、
石を持ち上げては力比べをしたので、みんな力持ちになり、よく働いた。

というお話です。

右端に、感動のあまり泣き出した娘っこもいます。
作太郎の恋人かもしれません。

で、この「五十六貫目」の力石は、今も旧糀谷村の叶仏堂にあって、
石には村の若者3人の名前が刻まれているそうです。

img20200327_13363088 (2)
東京都大田区西糀谷・叶仏堂 81×41×27㎝

作者の野村昇司氏は本の中でこう言っています。

「たった一つの石の中に糀谷(こうや)の歴史がひそんでいる。
作太郎は創作上の人物であるが、その姿を思い描くことで

糀谷のむかしがよみがえり、東京のむかしが、日本のむかしがよみがえり、
ふるさとの人々がよみがえった思いがします」

「たった一つの石の中に歴史がひそんでいる」

本当にそう思います。

そして斎藤氏もまた、
「玉鶴石」にひそんでいた歴史を見事に引っ張り出しました。

「この美しい石銘は、おそらく伊右衛門さんの命名ではないだろうか」
と斎藤氏。

「石に「世話人 氏子中」とあるところから、近くの神社に奉納し、
その後、なんらかの事情で施主の蓮沼家が引き取ったか、
それとも最初から手元に置いていたのかはわかりません」とも

で、「玉鶴石」はその後、どうなったかというと、
嘉永の伊右衛門から令和のご子孫に引き継がれ、
ご自宅の庭にこのように保存されました。

DSCF2460 (002)

矢向弥五郎、蓮沼伊右衛門、廻船問屋、須崎の渡し、河川の変遷…。

この力石一つから、様々な人と歴史が浮かび上がってきました。

発見当時、奥様が感慨深げに斎藤氏にこう言ったそうです。

「母の四十九日がもうすぐだけど、
このタイミングでの思わぬ力石の発見の報は、が呼んだのかしら」

DSCF2470 (002)

そうかもしれませんね。

いや、きっとそうです。


<つづく>

※参考文献・画像提供/「こうしんさまの力石」野村昇司・作 安部公洋・絵
                ぬぷん児童図書出版 1983
              /「東京の力石」高島愼助 岩田書院 2003
※情報・画像提供/斎藤

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廻船問屋だった蓮沼家

恐れ多くも、
ご先祖様の名が付いたこの美しい「玉鶴石」を捨てちゃったなんて、

と、所有者を責めるのは、ちょっと待った!

それにはこんなわけが…。

江戸時代には川の中州にあった蓮沼家ですが、
近代に入ると堤防整備のため堤防下への移転を強いられます。

ところが平成16年(2004)ごろ、
新たなスーパー堤防の計画が持ち上がり、蓮沼家は再び移転

今、その堤防上は一面の菜の花です。
菜の花

斎藤氏が弥五郎の「玉鶴石」を見つけたのが2015年ですから、
須崎氏ご夫婦が現在の新居に移って間もなくの頃だったのでしょう。

移転のたびに人と共に、
せっかく根付いた庭木も先祖代々の石造物も、「一所不在」の境遇に。

だから、
新たに作庭した残りの石の中にそんな大切な石があったなんて、

夢にも思わなかった

こんな状態(下の写真)ですから、気付くのは無理ですよね。

ご先祖の見えない力が働いたのか、
元の場所に置き去りにしなかっただけでも、ヨシとしなくちゃ。

須崎宅

第一、ご夫婦共、「力石」なる石を全くご存じなかったのですから、
斎藤氏から、「力石だ」「弥五郎石だ」などと言われても、

チンプンカンプン。

さて、
埼玉、千葉あたりの河川は、利根川と常陸川をつないだり、
それまでの川を締め切って新たに開削したりと実に目まぐるしい。

川の歴史を追っていくと頭がこんがらがってきます。

洪水を防ぐためと江戸への物流のために、
先人たちは自然に挑むという並々ならぬ努力をしていたわけですが、

蓮沼氏もこの川の恩恵にあずかり、廻船問屋を営んでいたそうです。

場所は江戸川の中州。
「すさき(洲崎・須崎)の渡し」といったそうです。

「須崎の渡し」は、
今の「玉葉(ぎょくよう)橋」(赤丸)の上流あたりにあったようです。
   ※昭和59年に架橋。

地図をご覧ください。
この江戸川を挟んで、左側が埼玉県、右側が千葉県です。

この渡しを埼玉県側では「すさき(洲崎・須崎)の渡し」といい、
対岸の千葉県側では「ながれ(今上)の渡し」と呼んでいたそうです。

ここに出てくる「今上」は、あの「万治石」がある野田市今上です。

img20200321_21583332 (3)

鉄道ができる前の埼玉県には、
官営、私営あわせて約210か所もの渡し場があったとか。

廻船問屋・蓮沼家の渡し場も、この中の一つということになりますが、
現在、「須崎の渡し」の痕跡や記念碑は何もないとのこと。

そこで、別の渡し場をお見せします。

こちらは静岡県の富士川にあった渡船場跡です。

「渡船上り場遺跡」
img20200321_21594415 (3)
静岡県岩淵(現・富士市)。

この川は甲州(山梨県)、駿府、江戸、大阪を結ぶ重要な物資の交通路で、
江戸時代、ここは一大水運基地でした。

甲州へ行く舟、対岸の「水神の森」へ向かう舟と、
多い時には200隻もの舟が接岸していたという。

力自慢の船頭や仲士たちがたくさん働いていましたから、
力石もたくさん残っています。

で、こんな光景が見られたのではないでしょうか。

img20191109_18103566 (2)

こちらは、舟運で栄えた栃木県栃木市の「巴波(うずま)川」です。

2巴波川

この栃木河岸は、徳川家康の霊柩を静岡市の久能山東照宮から、
日光へ改葬したさい、御用荷物を陸揚げしたことに始まるそうです。

家康は初め、久能山東照宮に葬られ、その後、日光へ移されるわけですが、

運ばれたのは霊魂だけで、遺骸は今も久能山にあるという説と、
いやいや、こちらはカラッポなんだという説があります。

なにしろ国宝に指定された久能山ですから、
ただいまのところ、「真実は言わぬが花」で落ち着いております。


それにしても情緒たっぷりの渡船場、なんとも美しい。


<つづく>

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ご先祖さまです!

世の中、痕跡だらけだの崩れ始めただのとグダグダ言ってないで
そろそろ本題に戻ってチョ、

なァんて声がどこからか聞こえてきそう。

ンだねってわけで、

斎藤氏が、江戸川沿いの空き地に放置されていた庭石群から、

2弥五郎

力石信号なるものをキャッチして、見事、「弥五郎石」を探し出し、

4弥五郎
77×58×31㎝

「狂喜雀躍」した、あの埼玉県吉川市の須崎氏宅へ戻ります。

このときはまだ、石銘を判読できなくて、
「玉露」か、「玉霞」かと迷走中。

で、石とにらめっこの末、「玉鶴」だと突き止めた。
この「玉鶴」という石銘は、全国唯一だそうで、

斎藤氏、「実に美しい石銘だ」と惚れぼれ。

そこで一首。

   石群れに刹那の想い差し入れて
             見れば「玉鶴」弥五郎の石
   呆人

全体の刻字です。

「奉納 玉鶴 施主 蓮沼伊右衛門  世話人 氏子中 嘉永五 七月
 東海道川崎庄 矢向弥五郎 持之」 

さて、ここからが斎藤氏の本領発揮。
しつこいですからね(もちろん、いい意味で)、トコトンやります。

まず、施主の「蓮沼伊右衛門」に注目。

「こやつは何者だ」

と調査を始めたら、空き地所有者の須崎氏の奥様が、

「蓮沼はうちのご先祖さまです!


<つづく>


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崩れ

崩れを歩いたころ
私はまだ若かった
荒涼とした岩肌を踏みしめつつ、ひたすら「無」になって歩いた

あれから長い年月が流れて
世の中がざわつき出した今、
この国の至るところで崩れが始まった

富める者たちは崩れのテッペンへ駆け登ろうとし
貧しき者たちは崩れの下に縮こまるしかなく

尾根伝いに冷気が這いのぼり、天空で風がうなる

そのうなりの中から岩たちが
ちっぽけな存在を忘れて大きく強く見せたがる権力者たちを
冷ややかに見下ろしている

ザワザワ カラカラ

足元でガレキたちが 
狂い始めた人の”英知”を、こざかしさを嘲笑っている

崩れを引き起こすのは
「無」になれない驕れる人間の愚かさなのに、とでも言いたげに

    
       ーーーーー◇ーーーーー


日本三大崩れの一つ、「大谷崩れ」を歩く昔の私です。
img20200315_07551547 (2)
NHK「おかあさんの勉強室」11月号グラビア 日本放送協会 昭和60年

この時、私はこんなことを話していました。

「私たちは空気とか水とか当たり前のように使っているけれど、
山があって、川があって、それをいただいているんだということを

みんな忘れていると思うんですね。
川下に立って川上のことを考える教育がすごく欠けていると思います」

ずいぶん偉そうなことを言っていたんだと、
今になって恥ずかしい。

でも再び川下に立った時、私はこんな思いにかられました。

この国をとりまく経済不安、独走する政治、
若者が未来を描けない社会構造、価値観をお金に換算する営み、

そういうものを見、聞き、感じるにつけ、

清浄なはずの川上はすでに汚れ切ってしまったのではないか、
人々の「崩れる音」や「軋む声」がなお激しくなるのではないか、

突然の新型コロナで大揺れの中、
さらなる不安や疑心暗鬼から、人自身が崩れ始めて、
お互いを汚い言葉で罵り合う、

荒涼とした世界が広がるのではないか、と。


    ーーーーー◇ーーーーー

久しぶりに週刊誌を買った。「週刊文春」

公文書改ざんを強要され悩み苦しみ、心身を病み、
自ら命を絶った近畿財務局の職員の手記を読みました。
これに関わった方々はなぜ、平然としていられるのだろうか。

まっとうに生きることは愚かなことでしょうか。

この週刊誌は捨てずに手元に置こうと思います。


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痕跡

まんじゅう屋の跡
酒屋、米屋の跡
一家でやっていたスーパーマーケットの跡
床屋の跡

交差点の角のちいさなおうちの跡
おばあさんが一人、いつも花と暮らしていた
今はたった3台半の駐車場

本屋の跡にコンビニができ、
コンビニが潰れて、今は外国人の中華屋さん

古い街道沿いにあったガソリンスタンドの跡
小川のそばの廃屋は何代も続いた農家さん

プレハブの弁当屋はいつも締め切りで、
その隣にはレンタルビデオ屋の跡
家庭菜園になった駐車場に大根やジャガイモが育つ

集合住宅の1階の老夫婦
いつも寄り添って幸せそうだった
ある日、おじいさんが消え、少ししておばあさんも消えた
でも
二人がいなくなったその跡に
腰を曲げて毎朝通路を掃いていたおじいさんの後ろ姿が
時々現れる


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王手!

長らくご無沙汰つかまつり、失礼をばいたしました。

力持ちの弥五郎メにござります。

新型コロナウィルスとやらに世界中が翻弄されている今日このごろ、
いかに無敵の力持ちといえども、
なにしろ相手は目に見えぬ邪悪なウィルス

なんとも致し方なく。

ネット上ではさまざまなデマもどきが飛び交い、
「マスクがない、トイレットペーパーが」と、人々は右往左往。

あげくに「感染者はどこそこの社長だ」なんて、
根も葉もないデマをまき散らすトンデモ野郎まで出る始末。

まったくもって、
江戸時代の情報屋、藤岡屋の須藤由蔵も顔負けの体(てい)で…。

だが、情報屋の由蔵、この弥五郎メのこともちゃっかり書いて、
抜け目なく商売のネタに使っていたのでございます。

「安政五年(1855)四月十五日、浅草観音奥山喧嘩」(藤岡屋日記)

この日、弥五郎は新門辰五郎の縄張り・浅草奥山で、
力持ちの興行、まあ、簡単に言っちゃえば見世物ですが、
これをやっておりまして。

弥五郎が演じていたのは、「馬の曲持ち」

これです。

あいにく弥五郎の演技の絵は残されていませんので、
同じく馬の曲持ち(曲差し)が得意の三ノ宮卯之助の勇姿でご勘弁。

「江戸浅草観音境内における三ノ宮卯之助の興行引き札」部分。
img20200208_19474764 (3)
神戸商船大学図書館所蔵

この日、浅草奥山には様々な見世物が軒を並べて大賑わい。

弥五郎の隣りで小屋掛けしていたのは、
「手妻(手品)」の烏賊蔵(いかぞう)。

このいか蔵の小屋へ、弥五郎が馬のおしっこを掃き寄せたからたまらない。
「臭い臭い」で客が入らず、
怒ったいか蔵、弥五郎の眉間より鼻へかけて斬りつけた。

天下の力持ちが大事な顔(かんばせ)を傷つけられたのです。

これは黙ってはいられません。すぐさま、
弥五郎の子分の力持ち18人が、いか蔵の小屋を叩き壊した。

と、そこへ新門のかしらが通りかかり、コトを収めて一件落着。

    「差し上げし 馬を徳利へ入れるとは 
                  力業ではどふも いか蔵」


弥五郎、斬られ損というわけで…。
でも、本当に弥五郎の顔に刀傷があったかどうか。

ま、それはともかく、
力持ちにも世のため人のために力を尽くしたい気持ちは人一倍ございます。

なんでも昔、アジア諸国には手のひらを描いた紙を戸口に貼って、
邪悪なモノを撃退するオマジナイがあったそうな。

大仏様の右手は「恐れなくてもいいんだよ」という意味だそうですから、
この右手をお借りして貼ってもいいし、

いざとなったら爪が出る猫ちゃんの肉球の手も借りて…。

それとも、力持ちのこんな手形はいかがでしょう。

201703242018374a5_20200307113122024.jpg
埼玉県三郷市高須・香取神社所蔵

これは、
神田明神下の酒問屋・内田屋の金蔵の手形です。

内田金蔵は天明四年(1784)生まれ。
実家は三郷市の福岡氏。

金蔵の石は20個現存していますが、
その中の一つに、「樊噲(はんかい)石」があります。

これです。

CIMG0746.jpg
東京都江東区南砂・冨賀岡元八幡宮

「樊噲(はんかい)」とは、紀元前の中国の武将で、
漢の高祖・劉邦の危機を救った人だそうです。

そういう剛の者の名を力石に刻み、エンヤと持ち上げた金蔵です。

邪悪なウィルスは、金蔵のこの強力な手で、

   王手だ!

と、勇んでは見たものの、

子どもの消えた校舎で、
定時になると始業、終業のチャイムだけが虚しく鳴り響く。

このもの悲しい光景はいつ止むともしれず。


    ーーーーー◇ーーーーー

※マスクを見なくなって久しい。中国産なので入ってこないんだ、と。
 食材も日用品も自国で生産する力が削がれちゃったのでしょうか。
それにしても静岡県議がマスクを売って888万円儲けたって、絶句。

※トレペの棚もすっからかん。
  こちらは紙の町富士市で作っているから大丈夫と思っていましたが…。
  お店や施設のトイレで盗まれて困っているとか。
  近所の公園から盗んでいく若者を見つけて咎めたら逆に凄まれて、
  殴られそうになったと聞いて、ため息。

  こんな時こそ、知恵をしぼって乗り切りたいものです。

※本日、百均に行ったら、トイレットペーパーが棚にぎっしり。
  消毒液みたいに一人一個ではなく、制限なし。
  ただし2ロールで100円。
  割高になるからみなさん、買わないのかな。私は1個、買ってきた。


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あああ…

  =追記=

末尾に力石情報を載せてあります。

    ーーーーー◇ーーーーー


やっちまったね、静岡の感染じいさん。

よりによってクルーズ船下船のその日に、スポーツジムへ行ったなんて。
「買い物に2度行っただけ」なんてウソまでついて。

あそこのスイミングスクールには大勢の子供たちがくる。
これじゃあ、休校にしたって意味ないじゃない。

一度目の記者会見で、
保健所長がつっけんどんに、「プライシー」を連発していたから、
感染者はよほど地位の高い人なのかな、と思っていた。

高額なクルーズ船に乗れて、駅から徒歩で帰宅というのだから、
高級住宅住まいの経済力のある人だろうとも。

陰性でも陽性に変わる症例が出ているというのに、
下船者を公共機関で帰す、つまり「野放し」にした国もどうかしているけど、
なによりも本人の自覚のなさ、身勝手さが腹立たしい。

私が危惧していた「わがままな中高齢者」そのものじゃないの。

長期間閉じ込められていたから、と同情する人もいるけど、
船というのはそもそも閉塞空間なんですよね。

「いっせい休校という手段で、日本は子供から教育を受ける機会を奪った。
感染拡大を抑えるためということだが、子供の感染率は低いし、

いっせい休校より、高齢者のスポーツジム利用の自粛要請の方がまし。
手段の優先順位を間違えている」とニューズウィークはいう。

私もそう思う。

あのジムの周辺には小・中・高・大学があって、
近くに病院や流通センター、市営の温水プールもある。

あそこにはさまざまな人たちが通っているんですよ。

で、そこへ行っている人たちの中には、
ダンスやヨガや子供のお遊び教室の指導をする人もいて、
市内の生涯学習施設で教えたりしている。

もちろん私のいる施設にも来る。

発症者がいたスポーツジムを起点に、新型コロナウィルスが
市内各施設に広がるという最悪のケースになるかもしれない。

加えて、
感染者が出たというニュースが流れた途端、薬局に人が殺到した。

なんとトイレットペーパーの争奪戦で殺気立っている。
日曜日のせいか、圧倒的にお父ちゃんが多い。

トイレットペーパーとコロナウィルスとどう関係があるのさ。

情けない。
本当に情けないよ。

国の偉いさんたちもおかしくない?
休校にすると親が働けなくなるから託児室を充実させるっていうけど、
学校より託児室の方がより安全という保障なんかないだろうに。

なんだかスッキリしないので、「よこすか海軍カレー」を食べた。

「食べる」は私の精神安定剤だから。

CIMG5180 (4)

感染の連鎖が起きたら、苦手な辛いタイのグリーンカレーにしよう。

辛さは最高の5。こぶみかんの葉、タイなす、緑唐辛子入り。

こうなりゃ、泣き泣き食べるしかないじゃないのサ。

CIMG5182 (4)

で、日付けが変わってからネットを見たら、市のこんな訂正が出ていた。

「記者会見では下船後の男性の行動は2月24日に確認したと言ったが、
実際には感染が判明したあとの28日でした。
行動についての聞き取りは、本人ではなく家族に聞いた」

日にちを間違えたのは、「保健所長の思い込み」だそうです。

下船後の行動の聞き取りをきちんとしなかったってことでしょうけど、
そうなると、
市内在住のほかの下船者12人のその後が気になります。

市民は戦々恐々とし、子どもたちは振り回されているというのに、
肝心の保健所がこうでは、感染拡大阻止はとても無理だワ。

で、感染者も家族も隠していたため、
保健所も知らなかったスポーツジム行きがなぜバレたかというと、

感染の報道を見たジムの従業員が、
「クルーズ船に乗っていたので予約を変更したい」と電話してきた客を思い出し、
「もしや」と思って保健所へ連絡したら名前が一致してわかったという。

60代のこの感染者がジムにいたことを認めたのは、
ジムから問い合わせがあった4時間後の、29日の夜11時だそうです。
ジムへ行ってから、もう9日もたっているんですよね。

それを受けて保健所長が2度目の記者会見を開いたのが翌3月1日。

「感染者は2度の買い物、2度のジムのほかにも行ったところはありますが、
本人の強い要望で公表はできません」

クルーズ船には一人で乗った?  スポーツジムには家族と行った。
それを家族ぐるみで隠ぺいしていた。

なんだかミステリーじみてきた。


    =追記・へいへいさんへ=

「へいへいスタジオ2010」に掲載の力石はこれかも。

酒井正氏のスケッチを載せておきます。

img20200305_08275804 (2)
氷川神社・宮ヶ谷塔3 酒井正画

と、書いたところで訂正です。

埼玉の斎藤氏から緊急のメールが…。

「へいへいさん掲載の石は氷川神社のではなく、路傍(畑地)の力石です。
へいへいさんの画像で、
最初の石(4番目も同じ石)とパイプが写っている石の二つが力石です」

斎藤さん、ありがとうございました。

これ、2007年に斎藤氏が新発見したもので、
「はからずも私とへいへいさんの目利きが一致しました」
とおっしゃっていました。

せっかくなので、氷川神社の絵もそのままにしておきます。
またへいへいさんが氷川神社の力石もあげてくださっていますので、
絵と共にご覧ください。


※参考文献/「新発見・力石」高島愼助 斎藤保夫 岩田書院 2010
※参考文献・画像提供/「さいたま市の力石」高島愼助 酒井正
                岩田書院 2005

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プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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