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刻字の検証

歴史を塗りかえた発見!
11 /04 2019
野田市文化財課の職員さんから、
「万治四年が確認できた」との朗報が届いたのが2017年暮れのこと。

今までの苦労がようやく報われた斎藤氏、
翌2018年の正月早々から、再び八幡神社通いが始まりました。

斎藤氏の次なる課題は、左側の干支月日です。

「確認」され、それが千葉県最古の力石とわかっても、
これと保存とは別問題です。

保存にはお金もかかりますし、氏子さんたちの同意も大切ですし。

そんなわけで「万治石」はまだ土の中。

顔だけ出している「万治石」に、斎藤さん、
水をかけたり光を当てたりして判読を試みたそうです。

下の写真は、2年後の今年10月の「奉祝祭」で、
地域のみなさんにお披露目され祝福を受けている「万治石」です。

力石も「まさか、こんな日が来るとは」と驚いたことでしょう。

CIMG4898.jpg
千葉県野田市今上・八幡神社

    万治石のうれし涙か雨の降る    雨宮清子

さて、ここから次に問題とされた干支と月日を検証していきます。

まず、誤読されたときの刻字です。

          明治四年
   奉納力石五十六メ目
          辛未年五月日

これを斎藤氏はこのように読み解きました。

          万治四年
   奉納力石五十六メ目
          吉三月日

「この三月日を見て頭に浮かんだのは、
日本で2番目に古い久喜市「万治石」「九月日」でした。
またと読んだのは、これが吉の異体字だと思ったからです」と斎藤氏。

こちらは式典が始まる前のまだ誰もいない境内です。
鳥居の右端に「万治石」

その向こうに遊具のパンダとラッコが人待ち顔に並んでいます。

CIMG4894 (3)

2018年当時の様子を下記に書いていますので、お読みいただけたら幸いです。

「検証します」

私から少し解説いたします。

「辛未年 五月日」がなぜ間違いかというと、

最初これを解読した方は、「明治四年」と初動ミスをしてしまったため、
反射的に明治四年の干支「辛未」(かのとひつじ)と思い込んでしまった。

しかし、万治四年の干支は「辛丑」(かのとうし)なので、
明らかに間違いなんですね。

また「五月日」の解読にも疑問があります。
というのは、

万治という年号は「万治四年四月二十五日」をもって改元され、
それ以降は「寛文元年」になった。

だから通常は「万治四年五月」あり得ないのです。

下の写真は、雨の中を来てくださった人たちです。
時間を追うごとに境内は人でいっぱいに。

本殿の中では神官さんと巫女さんが奉斎の準備中。

新聞記者さんも取材にきてくれましたよ。

CIMG4906 (2)


この刻字の検証は次回へつづきます。

当日の式典の様子もお伝えしていきます。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞