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力石を担いだ栄一翁

三重県総合博物館
07 /14 2019
「瞬間の累積」という写真集があります。
これは渋沢敬三の父・篤二が明治後期に撮影した写真集です。

渋沢が「父の33回忌に何か記念になるものを…」と考え、
1万数千点ある写真から550枚選んで編んだものだそうです。

この写真集は私家本として、昭和38年10月6日に発行。
しかし渋沢敬三は、本が出たわずか19日後、
入院先の病院で逝去してしまいます。

享年67歳

廃嫡となった父の代わりに実業界で働いてきた息子は、
自分の死の1ヵ月前、本のあとがきにこう書いた。

は趣味の豊かな人で、写真、狩猟、狂歌もよくしていて、
義太夫も上手だったし、愛犬家としてもひとかどの人でありました」

先日、この写真集を見ました。

大島川の荷船、多摩川の鵜飼、馬のふりわけに乗った旅人…。
不夜城どころか闇夜の野っ原だった東京新宿駅周辺。

子供のころの敬三さんが相撲を取っている写真もありました。

で私は、この貴重な、それこそ敬三氏が命がけで手がけた写真集を、
もしや力石石担ぎのシーンが写っているのでは」
などという卑俗な野望を持って拝見したのですが、

トホホ、なかったんです。

こちらは父・篤二も息子の敬三も関わっていた澁澤倉庫内の力石群です。

1福住稲荷
東京都江東区永代・福住稲荷神社

ここにある力石10個すべてが、江東区有形民俗文化財です。

ああ、これもまた「兵(強者=つわもの)どもが夢の跡」になるのか、
と落胆しつつも、シツコク探しつづけまして、

とうとう見つけたんですよ、「力石」のこんな記述を…。

それは、敬三の祖父・栄一の
渋沢栄一伝記資料 第一巻 第一章 幼少年時代」に収録された
「上田郷友会」会員による寄稿文の中にありました。

その寄稿文です。

「旧幕時代には村に若者連の集まる場所に、
力試しをする力石と称するものがあって、
今日なお処々に残されて居るものがある。

神畑の伝ふる所によれば、翁(栄一)、青年の際、お得意まわりに来られ、
村の若者連に参加し、此の力石を試みたが群を抜き、若者連一人として
翁に及ぶものがなかったという」

「栄一翁が青年のころ、お得意まわりに来られ…」というのは、
栄一の実家で家業にしていた染料の「藍玉」を、
信州上田神畑の得意先の紺屋(染物屋)に売りに来たということです。

栄一翁の出身は、今の埼玉県深谷市血洗島で、
実家では、藍葉の買い付けや製造した藍玉の販売をしていたそうです。

こちらは力石に刻まれた澁澤倉庫㈱の社章です。

3福住稲荷

この社章は渋沢家で使っていた藍玉の商標が起源だとか。

元は糸巻きを模したもので、
この糸巻きの形が、楽器の鼓を立てた形に似ているところから、
立鼓(りゅうご)と呼ばれているそうです。

現在も澁澤倉庫㈱の社章として使われています。

こちらは敬三の父の写真集にあった「立鼓」です。
綱町・渋沢邸落成式の時の写真で、
「立鼓」の社章の半てんを着た人が写っています。

こうした男たちに支えられた
鳶(とび)連による梯子乗りの写真もありました。

img010_20190712173001dbf.jpg
明治41年撮影。「瞬間の累積」より一部お借りしました。

7、8歳のころから祖父に連れられて、
藍葉の買い付けや藍玉の販売に信濃や群馬などを歩いた栄一少年。

14、5歳になると今度は、
従兄弟たちと商用の旅に出たそうですから、
信州での石担ぎの話は、そのころのものではないかと思います。

地元の若者が担げなかった石を軽々と担いでしまうなんて、
いきなり出来ることではありませんから、
日ごろから故郷の仲間たちと石担ぎを競い合っていたはずです。

栄一は15歳のころ、地元の若者組の若者頭(がしら)になっていますから、
知力、統率力に加えてかなりの力持ちだったと思います。

ちなみに、あの西郷ドンも青年のころは、
若者頭(鹿児島では二才=にせ)で、
以前、大河ドラマで西郷ドンが担いだ力石が紹介されたそうですね。

さて、
ここまで来るとさらに欲が出て、
栄一青年が担いだという力石を見つけたくなりましたが、

大海に針を探すが如し

でもまあ、
信州・上田の神畑で石を担いだ話がでてきて、
やっと渋沢家力石がつながりました。

やれやれ。


※参考文献/「渋沢栄一伝記資料 第一巻 第一章 幼少年時代」
      竜門社編 1956 の中の「渋沢翁と紺屋手塚の老婆」柴崎新一 
      上田郷友会月報 第六二〇号 第一五 117頁 昭和13年9月
※画像提供/「瞬間の累積ー渋沢二明治後期撮影写真集」渋沢敬三
      昭和38年 私家本
      /斎藤

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞