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砦(とりで)跡に立つ

富士(相沼)浅間神社の崖っぷちから富士川を見る。

「ここは富士川の洪水常習地帯だったんです。
大水が出ると一面、沼になったので、すべて沼という意味で、
昔は惣沼と呼んでいました」と増田さん。

その富士川に沿って長い堤防が築かれていた。

「あれが出来てから助かったんですよ。その前は洪水で家を流されては移転し、
移転したらまた流されて…」とA子さん。

ここは駿河(静岡県)と甲斐(山梨県)との国境(くにざかい)の村で、
戦国時代、甲斐の武田軍が押し寄せた激戦地。
神社が建つこの丘陵は、尾崎砦という陣城だった。

img987 (3)

写真左の山は標高567㍍の白鳥山(しらとりやま。しろとりやま。城取山)。
戦国時代の重要な山城で、
尾崎砦はその白鳥山から派生した尾根の先端にあった。

※内房の郷土史家・増田氏からのご指摘です。
白鳥山は地元では「しろとり」ではなく「しらとり」といい、小学校時代、
♪しらとりやまの緑こく、という校歌を歌っていたそうです。

山のガイドブックや古城の記事にはどちらも出ていますから、
どちらもOKかもしれませんが、

この山にはまっ白い大きな鳥が大和のほうから飛んできたという、
白鳥になったヤマトタケルを彷彿とさせる伝説がありますから、
やっぱり「しらとり」かな? それが戦国時代の「城取り」から
「しろとり」に転化したのかも。

さて、写真に戻ります。
右側の蛇行する川が富士川
写真上が山梨県につながる上流。下流は駿河湾へ注いでいます。

このあたりから見る富士山です。
CIMG1008 (2)

下の縄張図は、古城研究家の水野茂氏作成の尾崎砦です。
丘陵先端部から尾根上に真っ直ぐ伸びた直線は神社への石段。
その先の白い四角が本殿。

本殿の背後には今も堀切が残っています。

img191_201904070903092be.jpg
静岡県富士宮市(旧芝川町)内房字尾崎

この尾根をはさんで向かって右が尾崎地区、左が相沼地区です。
このように砦は二つの地区にまたがっているので、神社所在地の書き方は、
人によって尾崎にしたり相沼(惣沼)と書いたりさまざま。

ちなみに昭和48年発行の「芝川町誌」では、
尾崎ではなく相沼としています。

眼下に甲州街道が走り、目と鼻の先に富士川の渡船場を持つこの地域は、
を始めとする物資運搬の重要な道であり、いくさ道でもあり、
日蓮宗総本山・身延山久遠寺に通じる信仰の道でもあった。

そのため、甲斐の武田信玄に目をつけられたわけです。

信玄は3度、駿河侵攻を企てますが、
真っ先に攻められたのがここで、これを「内房口の戦い」といいます。

武田、今川双方の戦死者の五輪塔です。
img987_2019040709351862a.jpg

   天空に鬨の声聞く春はやて    雨宮清子

この戦いで今川方の荻氏は討死し、
それまで所領していた白鳥山城、尾崎砦を武田方に奪われてしまいます。
代わりに入ってきたのが信玄の重臣・穴山信君(のぶただ。梅雪)です。

その梅雪から名田を与えられて、
実際にここを支配したのが望月三兄弟です。
「三兄弟」と書く本が多いのですが、地元の郷土史家から、
「兄弟は二人でもう一人は伯父」とのご指摘を受けました。
 ※望月氏については拙ブログの「大づもり物語」の項をご覧ください。

この望月一族は元は信州(長野県)佐久地方の豪族。
この一族の末裔は今もこの地にしっかりと根付いています。

清水区由比の郷土史家だった手島日真氏は、
著書「由比町の歴史」にこう書いています。

「望月氏は繁殖力の著しい氏族である」


※参考文献・画像提供/「目で見る芝川町の歴史」唐紙一修、芦沢幹雄、
               佐野文孝 緑星社 昭和51年
               /「ふるさと古城の旅」水野茂 海馬出版 1998

   ーーーーー◇ーーーーー

ブログ記事とは無関係ですが、ちょっとつぶやき。

地下鉄で何度もドアに袋をはさんで列車の出発妨害していたおじいさん。
「うわあ、こういう人ってどこにもいるんだ」と。

エレベータに乗って「閉」ボタンを押したらすぐ開いてしまうことがあって。
何度押しても開くのでおかしいなあと思い後ろを見たら、
老人がドアが閉まりかけるたびに「開」ボタンを押していた。

別の日には停留所ごとにバスの「降ります」ボタンが押されるのに、
誰も降りない。たまりかねた運転手が「いたずらしないで」とアナウンス。
でも止みません。原因はなんと一番前の運転手に見える席の老人が
「次は○○」というアナウンスのたびに押していたのです。
運転手、押しそうになるたびに睨んでいて、おかしいやら気の毒やら。
でも全然、止めないのです。

エレベータの老人はニヤニヤしていたから意識的にやっていたと思いますが、
バスの老人はごく真面目に自然にやっていたんですよ。
どちらにしても、これって何なんでしょう。
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雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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