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恋文

世間ばなし
05 /16 2017
久しぶりに風邪をひきました。
ストーブをつけて毛布にくるまっても寒気でガタガタ。
咽喉は干からび過ぎて、白湯もうまく通らない。

三日目の今日は鼻水が固まりだしたものの、咳が止まらない。
ああ、力が出ない。
老いの身の哀れが身に染みる。

とまあ、弱気の虫がそろりそろりと顔を出しました。
こんなとき、私は昔の恋文を取り出すのです。

10代のころ、青年僧と知り合いました。
私が就職したのと時を同じくして、彼はタイへと修行の旅に出た。

「日本は寒いでしょうね。
少し旅行をしました。ボンベイは日中30度ばかり。暑くてまいりました。
タイ国もとにかく暑いのでまいります」

「インドは貧富の差が激しい所で…。
我々日本人がなんとかしてやりたい気持ちでいっぱいですが、
でもそんな時間があればあなたに一目逢いたい」

「今度はすごく美しいラブレターをつづります」
「明日より僧堂生活に入ります」
「今、バンコクにいます。同封したのは菩提樹の葉ですよ」

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「身体の調子が悪くなりましたが心配しないで」
「21日か28日に得度式を致します。日本にはいつ帰れるか…」

「会社、相変わらずですか? 頑張ってくださいネ」
「今月帰る予定でしたが、まだしばらくタイにおることにいたしました」
「あなたはどうなりましたか? ”お嫁さん”決まりましたか?
少し気になりましたので、ペンを握ったところです」

今読み返すと、愛情いっぱい、誠実さに溢れていて、
なんでもっとしっかり向き合わなかったのかと…。
修行の邪魔をしてはいけない、という気持ちもあったけれど、
すべての面で、私はあまりにも幼すぎた。

それから20年ほどたったある日、ふと手にした月刊誌に、
仏教の社会貢献を実践する彼の記事が出ていた。
立派なお坊様になっていた。

最後の恋文にあった
「一緒にアメリカやヨーロッパの旅へ行きませんか?」を、
彼は一人でやり遂げたらしい。

今まで恋文を広げて読むことはなかったのに、今日は無性に読みたくなった。
広げると一文字一文字から、
あの日々と変わらない、ちょっとおどけた柔らかな笑顔と、
春の芽吹きのような息づかいが聞えてきました。

それなのに、
そのあふれる愛を受け止めきれず、戸惑って逃げ出したあのころの私。
なんだか滑稽です。

はるばるタイ国から届いた菩提樹の葉は、傷ひとつないまま、
たくさんの思いを秘めて、今も私の手元にあります。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞