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13歳の少女へ

世間ばなし①
10 /19 2016
祭りの写真コンテストで優秀賞に選ばれた作品が受賞を取り消された。
理由は被写体になった女の子の自殺。

ところが昨日、ご遺族が写真と名前を公表された。
私はこの勇気と強い信念に賛同します。ご両親の大きな愛情を覚えます。

「いじめ」

私もやられました。
まあ、からかいやすい性格なんでしょうね。
母からは常々、「もっと毅然とできないのか」と言われっぱなしで…。

一番強烈だったのは、50代初めごろのいじめでした。
これって年齢、男女、学歴、職歴に全く関係なく起るものなんですね。

新興住宅地で周囲の主婦たちから執拗ないやがらせを受けました。
一つ一つはささいないやがらせです。

道にたむろしていて、そこを通ると一斉に沈黙。通り過ぎると一斉に見る。
夜間タクシーで帰宅すると、隣家のドアが細く開く。
翌日、「夕べ男と会ってきたみたいよ」とのうわさが周りに広がっていた。
郵便受けの郵便物は路上へばらまかれる。
玄関には溶けた飴。ドアノブにはご飯粒。庭には犬の糞が投げ込まれた。
外の水道をいたずらされて、いつもの2倍の料金を払うはめに。

書いたらきりがない。彼女らは一日中、暇を持て余していたから。

しまいには夫たちも加担するようになった。
夫たちは夜間の敷地への侵入やのぞき。見つかるとニヤニヤ。
みんな立派な肩書の人ばかりです。

ある日、突然耳がふさがって聞こえなくなった。
突発性難聴の発症でした。
耳鼻科へ通って2週間目、医者が意外なことを言った。
「今、あなたに処方されている薬は何かわかっていますか?
精神安定剤ですよ」

医者は何か悩みがあるのかと聞いてきた。耳鼻科の先生がです。
そのときの私の様子がよほど異様だったのでしょう。

医者の忠告は「すぐそこから引っ越しなさい」だった。

そういえば真冬なのにベッドで汗まみれになって目が覚める。
それも一晩に2度も3度も。悪夢にうなされて跳び起きる。
自覚のないまま私は、心身ともに蝕まれていたんですね。
私は医者の忠告に従って持ち家を捨てました。

でもこの歳で、なぜ自分がいじめられるのかわからなかった。
で、そこの住宅地で親しくしていた知人に聞いてみたら、
こんな言葉が返ってきた。

「あなたには悪い所なんて一つもない。
ただあなたは私たち主婦ができないことばかりしているでしょ。
記者やったり本出したりテレビに出たり。息子さんたちはいい学校へ入るし。
私たちがどんなにがんばっても所詮、医者や大学教授や役人の妻でしかない。

だからみんなずっと悔しい思いをしていたのよ。
そしたらあなたは離婚して一人になった。いじめやすくなったんでね。
他人の不幸は蜜の味っていうでしょ」

心底恐ろしかったですね。
親しいと思っていた人がそんなことを思いつつ、私と付き合っていたなんて。
心の闇を見た瞬間でした。

そういえば、「離婚したら自由に不倫ができるからいいね」と
嫌味ともなんとも言い難いことを言いに来た主婦もいた。
こちらは食い扶持を稼ぐために必死で働いているというのに。
そのとき思いました。
扶養されるということは、こういう心の貧困を生むのか、と。

でも一つだけはっきりわかったことがあった。
それは「いじめられる人はいじめる側から羨望されている」ということでした。
今まで、
自分に落ち度があるのではないかとそればかり考えていましたから。

13歳で自ら命を絶った少女は、輝くような笑顔の美しい少女ですね。
きっと周囲からの嫉妬を一身に浴びせられていたのでしょう。
私のように「生活の背景」を変えるチャンスが見いだせなかったことが
悔やまれますが、でも、13歳の少女には苛酷な選択です。

仕事でお会いしたある写真家がこんなことを言っていました。
「出る杭は打たれるから、ぼくは出過ぎた杭になるよう努力しています。
だって出過ぎた杭は高すぎて、誰も打つことができないでしょう?」

受賞の写真は、この美しい少女の生きた証しであり、
いじめの残酷さを訴える無言の強さを秘めています。

賞を取り消し、隠蔽するのは、かえって少女への冒涜のように思えます。
だって少女はカメラマンに向かって、こんなに素敵な笑顔をみせたのですから。
今にして思えば、
少女の人生最後で最高の命の輝きだったのではないでしょうか。
この永遠の輝きを安易に消さないで欲しい。

いじめる側や、いじめなどに遭ったことがない人から見ると、
いじめは「稚拙でささいな」行為に見えますが、その本質は悪質です。

複数の平凡な人間が、自分たちより少しだけ秀でた、
あるいは自分たちとは異質の一人をターゲットにして、
「持続して害を与える」異様な犯罪です。

少女の心が弱かったわけではありません。
ましてやいじめの原因が少女にあったわけでは決してありません。

私は元の家にほど近いところに今、住んでいます。
勇気を奮って引っ越しの挨拶に行った私に、教授夫人が投げつけた。
「どちらへお引っ越しですの? 
団地? ああ、ああ、低所得者層が住むところですわね」

おかげさまで快適です。庭から覗き見する人もいないし。
団地のかあちゃんたちは、みんな忙しく働いていますから。

おもしろいことは、かつてのいじめっ子ならぬ主婦たちが、
オズオズと「お元気でしたか」と声をかけてくることです。
夫たちは気まり悪げに目をふせてお辞儀をします。

私は黙ってお辞儀を返します。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞