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「サアルトヲワタ」

柴田幸次郎を追う
10 /13 2016
幕末の遣外使節団にはまり込んでしまい、
大王石の柴田幸次郎はすっかり影が薄くなってしまいましたが、
でもまあ、
庶民のこんな目線で幕末動乱をちょいと覗くのも面白いから、
寄り道まわり道も「許してね」というのが、私の気持ちです。

これは文政五年(1822)、房総沖に現れた異国船の船長と乗組員です。
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「甲子夜話」より

異国船が現れたと浦賀へ注進があって、役人も住民たちも騒然となります。
早速、役人が通弁(通訳)を連れて船に乗り込み、
「お前たちはどこから来たか」と聞くと、
「ヱウローパ、インギリスから来た」
と諳厄利亜(アンゲリア)語=英語=で言った。

井上ひさしの小説「おれたちと大砲」に、幕末英語というのが出てきます。
たとえば、「チンクレ チンクレ トンクレスタ」
なんだこれ、と思ったら、
「キラキラ星」の「トィンクル トィンクル リトゥルスター」のことだった。

井上ひさしの造語だろうとは思いますが、
アメリカへ行った玉虫左太夫は、ピアノをビヤアーン
キャベツをカエーツペ
「航米日録」に書いていたから似たようなものですね。
でも耳で覚えた英語の方が、案外、通じたんじゃないでしょうか。

その「インギリス人」がこう言ったんです。
「自分たちはクジラを獲るためにやってきた」
「でも何か月も船上で塩肉ばかり食っていたのでみんな足腐れになった」
「野菜と水と燃料をくれ」

そのほかに「土もくれ」という。
不審に思いつつも要求通り、山の土を入れた四斗樽をあげたら、
病気の船員を樽に入れて腰まで土に埋めた。

インギリス人が言うには、
「何か月も野菜を食べず土も踏まずにいると壊血病になる。
そういう病人を土に埋めておくと全快する」と。

そういえば、
侠客・清水次郎長と子分たちがフグの毒にあたった時、
庭に穴を掘ってみんなで首まで埋まって助かったという話がありました。

この「土治療」、案外、効果があるのかも。
超高層マンションは健康によくないという説もあるし。

「横浜交易西洋人荷物運送之図」部分
img165.jpg
「錦絵 幕末明治の歴史②」より

アンゲリア語しか話せないインギリス人を相手に、
オランダ語と手振り身振りでがんばった通詞二人。
こんなことも語っています。

「彼らは一口飲むと目鼻にしみるほど強烈な酒を飲み、タバコは食う。
大根の葉や茎は生で食い、白根は一口食っては吐きだして手足に塗る」


極めつけはトイレの始末。
「紙の代わりに打ち藁(わら)の如きもので肛門をぬぐい、
その藁は捨てず、股引きのボタンをはずして入れて置き、
再び用いてあとは洗って日に干して、何度も使用する」

よく観察しております。

「人物いずれも野卑で粗猛」というあまりいい印象ではなかったけれど、
食料や薪などはすべて無料で与え、
初めに押収しておいた武器や火薬は、出帆の時、すべて返したそうです。

日本人というのはつくづく親切な人種ですねえ。

日本の通詞は彼らの話すアンゲリア語をこんなふうに書き留めています。

水は「ヲワタ」、飲み水は「ソライミヲワタ」
湖水のことは「サアルトヲワタ」

「ヲワタ」はウオーターのことだよな。でも「ソライミ」って何だろう。
「サアルトヲワタ」ってのは、「さわると終わった」? 

う~む…。

<つづく>

※参考文献・画像提供/「甲子夜話2」松浦静山 文政5年
           校訂 中村幸彦、中野三敏 平凡社 1987
           /「錦絵 幕末明治の歴史2」横浜開港
           小西四郎 講談社 昭和52年
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞