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力石研究の歩み

前回はとんだ泣き言を…。.

医者の暴言以来、眠れなくなり、昼夜逆転が続いていました。
ブログに集中することでいやなことは忘れようとしてきましたが、
ちょっとした隙に、ふと、よみがえり
なんでかなあ、悔しいなあという思いがつのり、吐露してしまいました。
でもおかげさまで、みなさまに励まされて一歩前進です。

気を取り直して、「柴田幸次郎」へ戻ります。

前々回まで、
神田に住み、文政年間に活躍した「柴田一門」をご紹介してまいりました。
一門のリーダー、柴田勝次郎は都内と群馬県に力石を残していますが、
遠く、大阪・難波新地へも足跡を残しております。

これがそのときの「引札(広告チラシ)です。(文政八年三月)
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三重県総合博物館所蔵

昨年、四日市大学の高島愼助教授は力石の資料のすべてを、
三重県総合博物館に寄贈しました。

これらの資料は長年に渡り、多くの方々の協力で集められたものです。
ここでちょっと、「力石研究の歩み」を…。

力石の大学での研究は、昭和27年の第3回日本体育学会における
太田義一(東京教育大学)の発表に始まり、その後、

伊東明・浮田剛・今井辰巳(上智大学)、岸井守一・今西正敏(神戸商船大学)
神吉賢一(神戸大学)、表孟宏(松蔭女子学院大学)

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伊東明上智大学教授

木村昭光・山科忠彦・上田文夫・田村暢煕(金沢医科大学)
松沢平一(信州大学)、秋庭盛夫・小沢誠・小林克明・田島侃光・中間和男・
依田熊三郎(大東文化大学)、油野利博(鳥取大学)、清原泰治(高知学園短大)

岡田守方(高知大学)、栗山史郎(長崎女子短大)
そして、高島愼助(四日市大学)へとつながってきました。

民間人の研究者としては、
平原直(物流という言葉の生みの親)、鷹野虎四(東京)、木村博(静岡)、
濱岡きみ子(淡路)、高崎力・酒井正・斎藤保夫(埼玉)や、
ここに上げきれないほどたくさんの郷土史家が関わってきました。

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平原直氏。没後、資料と力石は流通経済大学へ収蔵

また、北海道から沖縄、離島に至るまでの各教育委員会、自治会・町内会、
老人会などが長年にわたり、この調査に協力してきました。

下の写真は、
濱岡きみ子著「淡路の力石」(1982)、高崎力氏と三ノ宮卯之助の「大盤石」です。

こうして見ると、卯之助が差した石、信じられないくらい大きいですね。
正真正銘610㎏もあるんです。

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力石に関わったみんなの願いはただ一つ、
「力石という庶民文化を風化させてはならない」

その思いがずっしり詰まった資料が、三重県総合博物館に収蔵されたのです。
高島先生、
この大任を果たしたことで力が抜けたのか、体調を崩してしばし静養。

しょうがない人ですねえ。極真空手三段・師範だったってのに。

そんな凄い方と並べるのはなんですが、
右は私の長男、幼稚園児のころの雄姿?です。身体が弱くて1年ほどで退会。
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まあ、卯之助の「大盤石」餅を食べて、芋焼酎「力石」でも飲んで、
                    これからも元気にがんばってくださいよ~!
img123.jpg img792 (2) 

なあんて

昨日まで泣き言いっていた私がいうことじゃないんですけどね。
  


<つづく>

※参考文献・画像提供/「力石ちからいし」高島愼助 岩田書院 2011

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プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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