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大人のみなさん、どうしちゃったの?

世間ばなし①
04 /12 2016
ちょっと世間話です。
このところ「保育園」のことがニュースになっていますね。

直近のニュースは、
「子どもの声がうるさいという近隣の苦情で保育園の建設取りやめ」
その前には選挙の立候補者が、
保育園の入園に落ちた働くお母さんの嘆きを聞いて、
「おまえら、貧乏だから保育園必要なんだろ?」と発言。

「子供の声がうるさい」って、場違いな場所で騒いだならともかく、
園そのものを許容できないって、なんか悲しいなあ。
それとも何か別の問題があってのことだろうか。

子どもの声=騒音になったのはいつごろからだろうか。
ひょっとして、清潔志向が高まってやけに潔癖症の人が増えてきて、
公共施設などで手の消毒液を置き始めた頃からだろうか?

昔は子供はうじゃうじゃいて、群れて暗くなるまで遊んでいました。
夏休みはもう毎日のように川へ水遊び。
いたずら小僧は行きがけに畑のキュウリやトマトを失敬して、
湧水で冷やしておいて、あとでおやつ代わりに食べたりしていた。
畑の持ち主はゲンコツ一発見舞ったけれど、1、2個なら許してくれた。

そこには子供を「排除する」思考はこれっぽっちもなかった。

かつて向うの山の中腹に分校がありました。(赤丸の中)。
CIMG1325 (2)

30年ほど前ここへ来たときはまだ子供がいて、
その子供たちの声が山々へこだましていましたが、
3年前に来たときはすでに廃校になっていて、シンと静まり返っていました。

「学校がなくなるということはどんなことかわかりますか?」
そう言った村の人の悲しげな顔が忘れられません。
これは単に大人の郷愁ではありません。

子供の声が消えるということは、
極端に言えば、 集落そのものが死んでしまうことなんです。
後継者問題でも山の中だからでもなく、生きる原動力を失うことなんです。

都会でも、いやむしろ
孤独を抱えた人が多く、人のつながりが希薄な都会だからこそ、
その深刻度は田舎の比ではないともいえます。
華やかさの陰の喪失感・疎外感。
無味乾燥な世界、老いた町、そんなイメージです。


2年前おじゃました分校の生徒さんの一人です。
CIMG0851.jpg

また政治家を志す人の「おまえら、貧乏だから保育園が…」の発言。
まだこういう発想の人がいることに仰天しました。

ウン十年前になります。
東京・世田谷区で保育園に申し込んだときのことです。
役所から電話がきました。

「あんたの旦那は一体何しているのかね。働いていないのか」
「女房を働かせなければならないほど、あんたんところは貧乏なのか」

当時の保育園事情は、むしろ田舎の役所の方が進んでいました。
難しい保育理論など不要。ただ温かく愛情たっぷりに見守っていて…。
農家の子供も学校の先生の子供もみんな一緒に、
村のお姉さん先生たちがみてくれていました。

生徒7人の山の分校の授業風景です。
CIMG0849 (3)

この子たちの存在がどんなに集落を元気づけていることか。

私の住む町の小学校でも、最近は運動会に音楽を流しません。
昔は誰もうるさいとは思わず、むしろあの行進曲に浮き浮きして、
子供たちと共に楽しんだものですが、今は苦情があるからと…。
そういえば近くの保育園から聞こえていた楽器演奏も、
ここ一年ほど止んでいる。

なんでここまで遠慮しなければならないのか。
未来ある子供をなぜここまで萎縮させるのか。
働く若いママたちをどうして応援できないのか。

老境に入った人たちにも、当時の大人社会から、
時には厳しくもゆったり見守られてきた子供時代があったはず。
そのことを大人たちは忘れてしまったんでしょうか。

それとも、上階の幼子の走りまわる元気な足音を聞いて、
「あ、病気してないな」と安心するような私の方がおかしいんでしょうか。
この幼子の足音が、ひっそり暮らす私の活力にもなっているんです。

「子供の声がうるさい」って思ったら、
一度、山の分校を訪ねてみてほしい。

子供がいかに尊い存在であるかがよくわかりますから。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞