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出会いに感謝!

一年で終わる予定だったこのブログ、なんと二度目の年末を迎えました。

たかが石ころ、されど石ころ

一年目は、悔しかったり嬉しかったりの石探しの記録に終始。
ですが今年は現役の力持ちさんたちの力強い力技を見せていただき、

もう、最高の年でした。


出会ったみなさま、ありがとう!
そして来る日も来る日も、石ころばかりゴロゴロのこのブログに、
あきれつつも飽きもせず訪れてくださったみなさま、ありがとう!

卵と並んだ私のお守りの力石です。
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5×4×3㎝  100g

来年も相も変わらず、力石の記事、発信していきます。

良いお年を!

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もう電話は届かない…

姫路天満の力持ちシリーズを無事終え、仕事も冬休みに入り、
めんどくさ~い町内会も一段落。

久しぶりにケーキでも作ろうかと張り切って買い物に。
でも生クリームの高いこと!!

モノがどんどん高くなって、買い物へ行くたびに、
「こんなに支払ったのに買ったものが少ないなあ」とレシートとにらめっこ。

情けないなあ~。

というわけで、ケーキは気力体力財布が充実しているときにして、
本日は手抜き菓子でお茶しました。

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一本百円のさつまいもで茶巾しぼり。バターを入れると風味がよくなります。
それにわさび菜を乗せて目のつもり。鼻はチョコ棒、口はかぼちゃ。

もう一品は、しらす入りの軽いせんべいをお皿にして、
モッツァレラとキウイをのせました。
お茶は台湾の山茶
日本語教師の知人の教え子から購入しました。爽やかな香りの上品な味です。

これだけでは寂しいので、カナダの姉が生前送ってくれた人形と、
あちらの海岸で一緒に拾った貝殻と、
波で洗われて丸くなったビンのかけらを添えました。

3日遅れの、
一人ぼっちのクリスマス

今は亡き兄さんや姉さんに、ふと電話をしたくなる、
そんな思いにかられた夜でした。


力石余話・魚吹八幡神社の巻②

御旅所へ向かう人と屋台で道は溢れんばかり。
ですが、だれもが同じ方向を向いて進んでいるので混乱はありません。
むしろ不思議な静寂さえ感じます。
その静寂を破るように、前方で突如若者たちが雄叫びをあげました。

ヨーイヤサー、チョーサー!

間髪を入れず、列の間から屋台がひとつ空へ躍り出ました。

こちらでは並んだ屋台同士で手踊りの競演が始まっています。
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棒の先につけた赤や青の花のような飾りがとてもきれいです。
シデ棒というのだそうです。
アクセントになって、屋台をより華やかに見せています。

あ、天満地区のハッピです。
このハッピ、石担ぎの土俵で三輪光先生も羽織っていました。
それにしてもまあ、昨日屋台を担ぎ、石を担ぎ、宵宮で提灯練りをして、
そして今日もまた…。

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エネルギーの完全燃焼!

かつて近くの町で、伝統の祭りから高校生を締めだしたことがありました。
高校生は悪いものに染まりやすいから、と。
アホらしいって思いました。
非日常の世界で人モノ(神)モノノケすべてが同化するのが祭り。
このとんがった熱しやすい若い力があってこそ成り立つってのに。
年寄ばかりが担ぐ神輿からは神様も逃げていきます。

でもまあ現代社会は、ブラック企業だとかみっともない政治家だとか、
日常の方が非日常化しているからなあ。それも不健全なカタチで…。

花笠をつけた女の子たちも御旅所を目指して行列です。
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大きい兄さんに肩車された少年たちもいます。
まさに「ハレ」の日です。
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魚吹八幡神社の氏子数は、24ヵ町1万数千人で播州最多
御旅所に集結する屋台の数は18台
まだその半分ほどですが、居並ぶ屋台の壮観なこと!

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でも子供は屋台よりお友達との遊びに夢中です。
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私が見た魚吹八幡神社の祭礼はここまで。もう帰らなければなりません。
人の波に逆らいながら、一人、山陽電鉄網干駅へ。
帰りの新幹線には少し間があります。
JR姫路駅に着くと、そのまま姫路城へと向かいました。

友人たちが一度は行きたいと熱望する姫路城です。
私は石のついでにまあ見ていくか、という感じです。
花よりダンゴ、城よりあなごというわけで、
食堂に入って、あなごだし巻卵のお重を食べました。

姫路城(白鷺城)です。ユネスコ世界遺産。さすがに美しい!
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あなごを食べながら、いろいろ思い出していました。

大江誉志さんは「素の力」「本物の力」に憧れて…と言っていました。
その大江さんの名前をどこかに残せないものか、と。

三ノ宮卯之助は憧れていた土橋久太郎万屋金蔵が担いだ石を担ぎ、
その石に己の名を追刻した。
その卯之助に憧れていた矢向弥五郎は、16年後に卯之助石を担いで
己の名を卯之助の横に刻み入れた。

大江さんもあの「上がらずの石」に名前を刻むことが出来たなら…。
せめて公式記録としてその名を残せないものか、と。

浪速の長州力さんは言いました。
「体が限界にきているのはわかっています。
だから記録への挑戦は、来年で引退と決めました」

「天満の力石最高齢記録の更新祝いに、三木さんから黒まわしをいただいた。
そのまわしをつけてもう一度天満の力石に挑みたい」


   身体落ち心落ちにし我が身かな
            力の事も夢のまた夢
  浪速の長州 力


「浪速さん」は天満の若者たちの人気者です。
行く先々で一緒に写真をせがまれていました。

黒まわしの晴れ姿、きっと見に行きます!


力石余話・魚吹八幡神社の巻①

姫路天満・石担ぎの話が長くなりました。
しかし、私にとっては、この目で石担ぎを見た貴重な体験でした。

お誘いくださった浪速の長州力さんと、
力石に果敢に挑み、見事快挙を成し遂げた大江誉志さんには、
感謝しきれません。

10月21日、神明神社の石担ぎ終了後、
大江さんご夫妻はさくらちゃん共々、故郷・岐阜へ。
私は「浪速さん」ご夫妻に送られて、姫路駅前の今夜の宿へ。

今夜は魚吹八幡神社の宵宮「風流(ふりゅう)です。
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山陽電鉄・ガイドパンフ「エスコート」より

青竹の先につけた高張り提灯と竹が激しくぶつかりあう「提灯練り」があります。
暗闇の中を提灯の灯りがさざ波のように動くそうで、
見たいなあと思ったものの、
見知らぬ夜の町の、喧噪の祭りの中へ繰り出す勇気が出ませんでした。

翌朝早く、魚吹八幡神社の本宮へ。
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兵庫県姫路市網干区宮内

あの夏の酷暑の中を訪れて以来、3年ぶりの魚吹八幡です。
三ノ宮卯之助は相変わらず境内で石を担いでいました。
でも今日は、だれにも振り向いてはもらえませんね。

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「浪速さん」が言ってました。
「卯之助像の胸の筋肉の付け方がおかしい」って。
確かに筋肉が不自然な感じ。さすが、パワーリフターです。

「播磨名所巡覧図会 巻之四」に」描かれた
宇須幾津(うすきつ)八幡宮(現・魚吹八幡神社)です。
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早朝にもかかわらず、すでに神社周辺は祭り体制。
魚吹八幡神社前へ次々と屋台が押し寄せます。
屋台は楼門の前で立ち止まると、魚吹の神様にご挨拶のため、
勢いよく空へ放り投げられます。
これを「チョーサー」というのだそうです。

そういえば、ヨーイヤサーのあと、
いざ屋台を空へ向けて放つとき、若者たちが一斉に、
チョーサーと叫んでいるように聞こえます。

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手前に不思議な紳士が写っています。
この方たち、楼門の前にこんな風に立って屋台を出迎えていました。

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山高帽に燕尾服。長い竹の杖を持っています。
なんとなくユーモラス。
チャップリンみたいって言ったら失礼かなあ。
でも私はこの光景がすごく気に入ったんです。

「取締」のタスキをかけた若者が、屋台を指揮しています。
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地区のハッピを着たいなせな若者たちです。
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祭りの主役の若者たちの荒々しさとそれを見守る長老たちの穏やかさ
凄いなあ。祭りそのものもド迫力で凄いけど、
世代を越えたこの絆の凄さに身震いしました。
こんな固い信頼関係は、私の住む静岡市では絶対見られませんもの。

興奮を抑えるためなのか、
若者たちはひっきりなしにタバコを吸っています。
ここでは、「禁煙運動」なんて吹っ飛んでしまっています。
不思議と祭りの若者にタバコは似合います。

タバコ嫌いの私ですが、でもこれは納得の光景です。

それにこのいなせな若者たち、掃除用具とゴミ袋を積んだリヤカーを、
屋台ごとに引いて歩いていました。
だから道にはタバコの吸い殻はおろかゴミは皆無。徹底しています。

「この地区の屋台はみ~んなこの先の御旅所へ集まるんです」
と地元の方から教えられ、私も人の流れに乗って御旅所へと向かいました。

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後方からも前方の交差点からも続々と屋台がやってきます。
日本にこんなにたくさんの若者がいたなんて、なんだか信じられない。

凄いな、播州って。


<つづく>


※参考文献・画像提供/「日本名所風俗図会」角川書店 昭和56年

姫路天満・神明神社の巻⑤

神明神社で若者たちの石担ぎが始まるころになりました。
神社へ近づくにつれ、人の熱気と歓声が…。
いつもより早い開催です。

すでに土俵に三輪光先生がいます。
若者たちはやる気満々。

「がきらが、よーさん見とるし
石、落すわけにはいかへんなー」

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「うーっ、お、重いのー」 「おっと」

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「あー、危ないとこやった」

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「はーっ、やったぞー、あがったぞー、
どうや驚いたやろー」


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「格好ええやろー、
お前らも俺みたいにならなあかんぞー」


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いい光景です。
絵本「こうしんさまの力石」に出てくる作太郎と村人たちみたいです。

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作/野村昇司氏 絵/安部公洋氏

これは、
東京都大田区西糀谷の叶仏堂にあった五十六貫目の力石を通して、
ふるさとの歴史や人々を生き生きとよみがえらせた絵本です。

作者の野村昇司氏はあとがきにこう記しています。

「村の若者たちはひと仕事を終えると、我も我もと力石に挑戦したのだろう。
村の娘たちはこの姿を見ていたに違いない。
若者たちはそんな娘たちを見て、どんなに張り切ったか、
想像するだけでも心があたたまる」

姫路から帰宅して間もなく、
四日市大学の高島先生からメールがきました。
「大江さんのブログに姫が写っていますね」

あれま、ホントだ。
10406352_1707092502855069_7119337005773844245_n (3)
撮影/大江誉志氏

浪速の長州力さんの後ろにいるのが。力さんの横に三木氏。
三木氏はご高齢のため、この石担ぎだけに顔を出されたようです。

「先生、あんな大勢の中でよくわかりましたね」と言ったら、
「三木さん、浪速の長州力さん、その横にムムムムム、
どこかで見たような美人が写っているではありませんか。
すぐわかりましたよ」

オオーッ! 
お世辞とわかっていても、わたしゃこういうのにからきし弱い。

以前、このブログで、
「大学の先生は人使いが荒い」なんて書きましたけど、
こうなりゃ、トコトン手となり足となります。

こんな私でもよければ、
どうぞ、こき使ってやってくださいませ♪♪

トカナントカ


<つづく>


※参考文献・画像提供/「こうしんさまの力石」野村昇司・作、安部公洋・絵
               ぬぷん児童図書出版 1983

「担ぐ彼見て…」

姫路天満の蛭子・神明両神社の力石を担ぐという大江誉志さんの挑戦は、
すべて成功という快挙で無事終了
あとは地元の若者たちによる石担ぎを見物するだけとなりました。

若者たちの石担ぎは、
村練りを終えた屋台が神明神社へ宮入りしたあとなので、
夕方遅くからになるとのこと。

それまでには少し間があります。
「せっかくだから近くの力石を見に行こう」ということになり、
浪速の長州力さんの案内で出かけました。

まずは小坂菅原神社です。
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姫路市広畑区小坂

神社の説明によると、祭神は菅原道真

平安貴族の菅原道真は、藤原時平の陰謀により九州・太宰府へ配流。
その途中、播磨灘で暴風雨に巻き込まれます。
そのとき自刻の木像を海に流したところ、それがこの地に漂着。
それをお祀りしたのがこの菅原神社なんだそうです。

道真とくれば天神、天神といえば。なので牛がいます。
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右の牛は女性のようですが、ソッポを向いています。
向かい側にいる左の牛クン、なんだか寂しげです。

うずくまる牛の像には諸病を治す力があるそうです。
「大宰府に流される道真を牛が泣いて見送った」なんて話もあります。
come back! moo mooって泣いたんでしょうかねえ。

牛はともかく、力石です。
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①66×40×33㎝(130㎏) ②50×33×24㎝(101㎏)
③46×21×25㎝(80㎏)

一番大きい石を、勝手知ったる我が庭とばかりに、
「浪速さん」が取り出します。

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「えっ、まさか! これも担ぐ気ですか? 大丈夫ですか?」と聞くと、
浪速さん、
「彼は今、体が温まっていて一番いい状態だから」という。

大江さん、難なく担ぎました
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奥さまがしっかり撮影しています。
いいご夫婦ですねえ。
一番応援して、一番心配して、一番誇らしく思っているのは奥さまです。
華奢で可愛らしい美人。なんと私と同じ静岡県出身。
やっぱ、静岡の女性は富士山の如く日本一だよな!

この日大江さんの体には、石でこすった赤いきず跡があちこちに。
昔の若者はそれが勲章で、女の子たちはそんな若者に憧れた。

   祭り終え肩のすり傷誇らしく   大江誉志

   赤ら顔担ぐ彼見て頬染めて   大江美咲

いいないいな!

でもこのとき大江さんはこの石が、130㎏もあるなんて知る由もなし。
神明神社の「三木儀八石」より8㎏も重い石だったなんて、
たぶん、このブログを読んで初めて知ることになるのかも\(^o^)/

大江さん、石を担いだままスタスタ。無事、元の場所へ石を戻しました。

「もう一ヵ所行こう」ということになって、車を連ねてひた走り。

須賀神社です。
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姫路市大津区西土井

須賀神社の力石。不敵な面構えの石ですね。
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ここの石は台座に固定されていました。
ここで大江さんの本日の石担ぎは終了。
遅い昼食となりました。

行きつけの食堂で、「浪速さん」は次々と注文を出します。
夕べもたくさんご馳走になり、今日もまた。しかもおいしい所ばかりへ。

本日、大江さんは力石5個を計6回も上げました。
総重量703㎏
一つの石を代わる代わる肩に乗せたのも含めれば、約1トン近くにもなる。

浪速さんの「どんどん食べて」の言葉通り、どんどん食べる大江さん。
その食べっぷりを眺めながらしみじみ思いました。

「浪速さん」ご夫妻にも大江さんご夫妻にも昨日初めてお会いしたばかり。
それが長年の知己のように一つのテーブルに座って…。

なんて不思議なご縁なんでしょう!

おっと、さくらちゃんを忘れていました。
私とさくらちゃんは石が取り持つ「犬縁の仲」になりました。



<つづく>


※参考文献/「播磨の力石(第2版)」高島愼助 岩田書院 2010
        /「力石を詠む(八)」高島愼助 岩田書院 2015

姫路天満・神明神社の巻④

大江さんが「三木石」を上げたことを聞きつけて駆け込んできた人たちが、
「もういっぺん見たいなあ」と懇願したとき、
実は大江さん、すでにTシャツ姿に戻っていたのです。

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なにしろこのTシャツ一枚を脱いだり着たりするだけで、
日常非日常が即入れ替わりますから、超便利。
脱いで力持ち、着て普通のおにいさんに早変わりです。

「もう一度」という地元の人たちのリクエストに、大江さん少々困惑気味。
でもなんとなくその場の空気が「やってやって!」となりました。
実は私も、「村以外のモンはダメ」なんていう「村人」たちに、
「どうだ!」と見せつけてやったれ、なんて気もちょっぴり。

そのとき、大江さんの奥様がスッと近づくと、小声で、
「見てくださる方が増えたのだから、もう一度…」と。

空気を察してか、ご主人さまを心配そうに見つめるさくらちゃん。
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今や愛犬さくらちゃんしか味方がいなくなった大江さん、
自身のブログで、その時の心境をこう吐露しています。

「まったく女っちゅうもんは悲しいことを言うな、
と心でつぶやきながら、声に出すことはできず、
えっ、今から? と言うのが精いっぱい」

「最も警戒しなければならないのは身内であると、しみじみ感じた(笑)」

そんなわけで、「三木儀八石」、再び大江さんの肩に。

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「ごっつい、ごっつい。信じられへんわ!」
「ああもう、信じられへんなぁ!」
「びっくりしたわ。ほんまに上がるとは思わへんかった。
ビデオ、うまく撮れたかわからんなぁ」

でもねえみなさん。大江さんはね、
蛭子神社では、これより15・5㎏も重い137.5㎏の石を上げたんですよ。
そんなにびっくりするなら、それも合わせて「信じられへん」と驚いてよね!

興奮冷めやらぬ境内で、何やら話が始まりました。

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浪速の長州力さんと三輪光先生がこんな会話を交わしていました。

 「来年いっぺん、大江君を呼んでやってくれへん?
   ぜったい特別招待してやって欲しいんやけど、どうやろ?」

三輪「そうやね。そうなるといいんやけどなぁ…」

 「ほかの人の意見もあるやろからな。先生の一存じゃ難しいやろか?
   彼をいっぺん、ここの土俵に立たせてやりたいんやわー」

三輪「そりゃもう。
   若いもんに見てもらいたいし。まあ、なんとか努力してみましょ」

 「よろしゅう頼んます」

なんとなくいい方向へ行きそうな気配です。

でも本当は今日のこの晴れの日に、みんなと同じ土俵に立たせてやりたかった。
それは大江さんご夫妻はもちろん、
浪速の長州力さんご夫妻の思いでもありました。

快挙快挙の連続で充実した一日でしたが、心残りは「この方」がいなかったこと。
大江さんが姫路天満で一番会いたかった三木保雄氏です。

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天満地区の力持ちの長老で、この「力持ち」を文化財にした功労者です。
大江さんはこの三木氏に、
「上がらずの石」を上げるところを見てもらいたくて、
毎週車で一時間かけて隣県の神社へ通い、練習に励んできました。

でもその「見てもらいたい」という切なる願いは、
叶いませんでした。



<つづく>

姫路天満・神明神社の巻③

姫路市天満地区にある二つ目の「上がらずの石」、「三木儀八石」を、
見事に担ぎあげた大江誉志さん。
拍手と歓声を聞いて、奥の社務所から数人の男女が飛び出してきました。

祭りの役員で、
ここ天満の力持ちの中心的人物、三輪光先生も思わずケータイでパチリ。
ガラケーというのがなんかいいなあ。

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姫路市大津区・神明神社

「蛭子神社のものより、いくぶん軽く感じた。
重量を体が覚えているうちに担げたこと、
うまく石の形状を利用できたのがよかった」と大江さん。

私はこの瞬間に立ち会えたことが無性に嬉しい。

通称「玉子石」と呼ばれる「三木儀八石」
実はいびつで重心が定まらず、非常に担ぎにくい形状とのこと。

でも大江さんはこう話します。
「いびつな石もそのマイナスをうまく利用することで、
プラスに作用させることができる」

石担ぎで私が不思議に思ったのは、
みなさん、体をすごく反らしていたことです。

こんな風に。
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姫路市大津区・蛭子神社

これについて、
大江さんはバーベル重心を例に、こんな解説をしてくれました。

「バーベルは鎖骨のあたりに持ってこれるので、
重心の下に体を入れることができる。
しかし、石の場合は重心が自分の体より前(遠く)にあるため、
バーベルより重く感じてしまう」

「この体より前にある石の重心をバーベルのようにするには、
石の重心の下に体を入れればよいわけで、
それが体を反らせることで可能になるんです」

詳しくは大江誉志氏の「ケトルベルトレーニングブログ」をご覧ください。

さて、「三木儀八石」の次に挑戦する石は、
ここ神明神社で夕方から始まる石担ぎに使われる七斗石です。

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神明神社

村の若者たちは、ただ今、屋台の村練りで「ヨーイヤサー」の真っ最中。
「お先に」というわけで、大江さんが誰よりも真っ先に挑みます。

いつの間にかお日様が西へ…。影法師が長く伸びています。

七斗石を右肩、続いて左肩へ。
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七斗石 26貫目 97.5㎏      51×32×24㎝ 
手前に置かれているのが、「三木儀八石」

余裕です!

これで大江さんの挑戦は無事終わったと安堵したそのとき、
背後でバタバタと足音が…。
ビデオを片手に、数人が境内へ駆け込んできました。

「今聞いて慌てて駆けつけてきたんやけど」
「ほんまに上がったん?」
「ほんまや」
「信じられへんわ」
「大きい方の石、上げるとこ、もういっぺん見たいなあ」

おっさんたち、なにのんきなこと言ってんのよ。
この「三木石」は今から100年以上も昔の明治11年に、
「儀八」さんが上げて以来今日まで「上がらずの石」だったのではないですか。

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100年の惰眠を貪っていたその石を、
たった今、
「村のモン以外」の大江さんが「生きた力石」に蘇えらせたのです。

浪速の長州力さんが言っていました。
「上げるために練習、辛抱、我慢して、
そうしてただのじゃまな重い石が力石に成ります」と。

いかな鉄腕の大江さんとて生身の体。
そう簡単に「もういっぺん」だなんて、

ムチャ過ぎます!



<つづく>

姫路天満・神明神社の巻②

今回から大江さんちのさくらちゃんから、わたしちから姫へバトンタッチ。
さくらちゃん、今までありがとネ!

さて、神明神社です。
ここも最初の蛭子神社同様、石担ぎは「村のモン以外はダメ」という掟。
そのため、屋台が村練りへ出かけたその留守に、
ちょこちょこっと担がなければなりません。
挑戦者・大江誉志さんにとっては、厳しい条件です。

祭りの役員が力石置き場の鍵を開けに来ました。
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右端の大江さん、無念無想の境地

で、このハッピ姿の役員さん、
さっき蛭子神社で若者たちに石担ぎを指導していた方ですが、
以前どこかでお見かけしたような、と思っていたら、
高島先生のご著書にたびたび登場する三輪光氏だった。

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高島愼助「力石ちからいし」の扉写真の三輪氏。

三輪氏は兵庫県立飾磨工業高校の先生で、柔道部顧問
弱小柔道部をわずか一年でインターハイへ出場させたという凄腕の先生です。
さぞや体罰も厭わない熱血教師かと思いきや、三輪先生の指導はその逆。
こう言い切ります。

「体罰は顧問のうっぷん晴らしに過ぎない。言葉だけで充分

これが「伝説の教師」と呼ばれる所以です。

ご著書もあります。
「破天荒」(竹書房 2014)
「チンピラちゃうねん 教師やねん」(幻灯舎 2015)

その「気は優しくて力持ち」の三輪先生の前で、
大江誉志さんの挑戦が始まりました。

いきなり、「三木儀八」石に挑みます。
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大江さんはこの時の心境をあとでこうもらしています。

「蛭子神社の大きな石を担いだ衝撃が体に残っており、
この衝撃を体が覚えているうちに、
重い方の力石から挑みたいと思い、大きい方から挑戦することにした」

なんと一度の挑戦で成功。

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「すばらしい!」

三輪先生、思わず声を挙げ、拍手。

大江さん、ガッツポーズ。
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「特別凄い体でもないし。どない見ても普通やなぁ。
ほんまに上がるとは思わへんかった。
それやったら若いもんらに見せてやりたかった」


「すばらしい! ほんまにすばらしい!」
三輪先生は興奮気味に、何度もつぶやきます。
「ほんまに上がるなんて思いもしなかったわ」

大江さんのいでたちは、
ごく普通のパンツに少々くたびれた(ゴメンナサイ)ズック靴。
三輪先生のおっしゃるように、筋骨隆々というわけでもない。

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石川県小松市向本折町・白山神社の力持ちの像   
撮影/大江誉志氏

その大江さん、石担ぎに対して自身が編みだした方法をこう説明しています。

普段は、
「鼻から息を鋭く吸い、同時にへそから下あたり全体に空気をいきわたらせ、
下腹部全体に圧力をかけ骨盤を押し広げるようなイメージで練習」

実際には、
「石を浮かせ尻をあげ、腹圧を高め背柱起立筋ではなく、
股関節の動きで立ち上がっていく」

シュッシュッと空気を切り裂くような独特の呼吸法と関節の柔らかさ。
これがケトルベルならではの鍛え方なんだと、納得

「股の後ろから重いものを引っこ抜くといった感じ」
う~ん、納得。

大江さんの挑戦はまだまだ続きます。



<つづく>

姫路天満・神明神社の巻①

数々のドラマがあった蛭子神社
わたしさくら大江父さん母さんと浪速の長州力さんご夫妻、ちから姫さまは、
大江父さんの雄姿を深く脳裏に刻んだまま、次の神明神社へと向かいました。

祭りの子らが代わる代わるわたしさくらの頭を優しく撫でてくれて…。
その温もりがまだほんのり。

大江父さんの雄姿。
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祭りの喧騒がプッツリ途絶えた路地には人の気配もない。
その静寂の中をわたしさくら大江母さんと一緒に歩いていました。
岐阜のワンコが姫路を歩いているなんて、なんだか愉快な気分。
記念にちょっとにおいでもつけていこうかなっと。

と、突然、どこからともなくこんな声が…。
「さくらちゃん

ギョエッ! 
CIMG2626.jpg CIMG0859 (6)

「だれよ、あんた!」
「テヘッ。おいらは駿河のクロ。
このブログではお馴染みの夜這い見張り犬・夜陰のジョージ。なんちゃって」

ヨバイなんてなんだか知らないけど、下卑たヤツ。
このクロとやらを連れてきたのは、駿河のちから姫さまに違いない。
「大事な真剣勝負の時だというのに」と、わたしさくらはいささかおかんむり。

「おいらのじいちゃんも村では一番の力自慢だったんだ。
今でもあるよ、じいちゃんが残していった力石

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静岡市葵区日向の個人宅       47×37×26cm

「左のが力石でテツガン石というんだ。鉄分がたくさん入っているから重いんだ。
右にある小さな石二つは、
じいちゃんが手に握ってダンベルみたいに使っていた石。
おいら、今もこの力石をちゃんと守ってるんだ」

「うちにもあるわよ。大江父さん愛用の力石。犬石っていうの。
丸くて取っ掛かりがない手強い石なんですって。
以前はワンコたちのマーキングポイントになっていたので、
臭いを消すのに大変だったって」

犬石
撮影/大江誉志氏

そうこうしているうちに、神明神社に到着。
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姫路市大津区・神明神社

蛭子神社とそっくりです。
3年前の夏、一人でここを訪れたちから姫さまは感無量の面もち。

「あらあ!」
本殿で何か発見したのか、ちから姫さまが声を挙げました。
高島先生がこんなところに。若いなあ」

それもそのはず。本殿に貼ってあったのは、20年前の新聞です。
「全国歩き力石研究」

CIMG2623.jpg

力石の研究者・高島愼助教授の紹介記事です。
「10年かけ813個調査」とある。今は1万3000余個を数えますから、
先生の功績は実に大きい。

神明神社の力石です。
CIMG0399 (5)

祭りの屋台は村練りに出かけていて、境内には人っ子一人いない。
これは大江父さんが、これから担ぐ本日二つ目「上がらずの石」です。

CIMG0400 (3)
66×38×27㎝  八斗 32・5貫目 122㎏

「親礥石 明治十一年寅九月 當町 三木儀八持之 発起朋友

「三木儀八」さんが灘の造酒屋へ出稼ぎ中、
そこの主人の望みで担ぎあげ、その記念に持ち帰った石だそうです。

通称「玉子石」

「礥(けん)」の訓読みは「むづかしい」と読むらしい。
それにこんな言葉もあるらしい。「礥閑如石 其敵堅也」

なんだか手強そうな「三木儀八」石です。

みんなの顔に緊張が走ります。大江父さんはさっきから無言。
わたしさくらは木の陰で、
どこまでも青く広がる空をひたすら仰いでおりました。



<つづく>


※参考文献/「石に挑む男達」高島愼助 岩田書院 2009
プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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