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伊東先生の卯之助探し

三ノ宮卯之助
07 /02 2015
伊東明上智大学名誉教授が27年前に書いた論文、
「随想 江戸力持 三ノ宮卯之助」には、いくつかの興味深い記述があります。

まず、伊東先生と卯之助との出会いです。
「江東区史」に掲載されていた
「天保七年丙申六月吉日」「江戸力持」の番付、
その番付の西の関脇を張っていたのが卯之助で、
これが、先生と卯之助の最初の出会いだったそうです。

時期は、昭和20年代後半から30年代初めごろかと思われます。

江戸力持番付です。
img696.jpg
赤丸に三ノ宮卯之助の名前がある。(卯之助生家・向佐家所蔵・現在不明)

伊東先生はこう書いています。
「なぜ卯之助が記憶に残ったかというと、三ノ宮に拘泥したからである。
三ノ宮というと神戸の三宮が頭に浮かぶが、
東京都内では思い当たらなかった」

その後伊東先生は淡路島のスポーツ研究家の田尾栄一氏や、
神戸商船大学の岸井守一教授から卯之助の興行引札を見せられ、
江戸と大坂を往来して力持興行をする半職業的な力士としての卯之助を知ります。

ですがこの時点でも、三ノ宮がどこにあるのかわからなかったそうです。
そして、卯之助の名を切り付けた石も、依然発見されないままだったという。

ここでちょっと、
「力石研究の概要」のおさらいです。

力石は初め体育史学の中で取り上げられました。
その端緒となったのが、昭和27年の第三回日本体育学会での、
太田義一先生(東京教育大学)による研究発表でした。

img693.jpg
絵馬「曲持」 =埼玉県幸手市教育委員会蔵

その後、全国の大学で力石への関心が高まり、
上智大学グループ、金沢医科大学や信州大学、大東文化大学などのグループ、
神戸商船大学・神戸大学・松蔭女子学院大学などの関西グループ、
高知学園短大、高知大学、鳥取大学などが活発に発表を行っていました。

しかし次第に大学での関心が薄れていき、
関東では上智大学の伊東先生が継続していたものの、
平成5年、伊東先生逝去。
長崎女子短大の栗山史郎先生も退職と共に力石界から退き、
以降、高島先生が唯一の大学研究者として調査を続け、
現在に至っています。

再び、伊東先生の論文に戻ります。

昭和45年になって、ようやく、
伊東先生が拘泥していた「三ノ宮」の地が判明します。
きっかけは信州・下諏訪町の郷土史家・中村龍雄氏からの年賀状。

賀状にはこうあった。

「諏訪神社境内より力石発掘ができました。
奉納者の名と貫数が彫られています。下諏訪秋宮宝物館前に飾りました」

それがこの石です。
img694.jpg
89×54×26cm =長野県諏訪郡下諏訪町上久保・諏訪大社秋宮

「奉納 七拾メ目 武刕岩槻三ノ宮住人 卯之助 持之 同治郎吉
天保九戊戌年 四月吉日」

この報告によって、伊東先生は三ノ宮が武州(埼玉県)にあることを知り、
加えて、卯之助の刻字石の存在を初めて確認することができて、
「二つの懸案が一挙に解決した」と安堵。

埼玉在住の高崎力氏が卯之助の版木を見たのが昭和26年。
伊東先生が三ノ宮の地名を知る18年も前に、
地元の郷土史家はその存在を知っていたことになります。

しかし卯之助生家にあった引札の版木が、
まな板になっていたことでもわかるように、生家ですら先祖を知らず、
ごく一部の郷土史家だけが知っていたという状況です。
力石や力持ち力士の存在が、いかに忘れられていたかがわかります。
この18年という歳月は、
それぞれの立場で模索していた郷土史家と大学研究者が
意思の疎通ができるまでこれだけかかった、
ということを示していると思います。

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画/酒井正氏 =さいたま市見沼区片柳「秋元宅」

下諏訪の卯之助石の発見をきっかけに、
伊東先生の探索は急ピッチで進みます。
国土地理院の地図から岩槻市を探し、その岩槻市と隣接する越谷市の
綾瀬川の支流、小曽川沿いに三野宮の集落を見つけます。
この三野宮は三ノ宮であろうと推測して、現地踏査に向かいます。

次回は伊東先生の現地踏査の様子をお伝えします。

今回もまじめ~な話になってしまいましたので、ちょっと息抜き。

埼玉在住氏の路上観察作品「髭オヤジ」
3斎藤路上観察

なあ~るほど。きれいなお顔にヒゲ。このしかめっ面が笑いを誘います。

こちらは高島先生の伊勢型紙作品です。
11.jpg

前回のなまめかしい女体から一転、童心に帰る。
傘にあたった雨音が聞こえてきそうな、どこか懐かしい情景です。

<つづく>

※参考文献・画像提供
/「埼玉の力石」高島愼助 岩田書院 2007
/「長野の力石」高島愼助 岩田書院 2014
※参考文献
/「随想 江戸力持力士 三ノ宮卯之助」伊東明 
上智大学紀要37巻3号 1988 
/「力石 ちからいし」高島愼助 岩田書院 2011
※画像提供
/四日市大学・高島研究室 伊勢型紙作品より
/S氏・路上観察物件より
        
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞