fc2ブログ

江戸名所図会に描かれた力石

力石・力士の絵
07 /15 2014
亀戸天神社、第2回目です。

ここでちょっと「江戸名所図会」について、ご説明します。

作者は斎藤月岑(幸成)=文化元年~明治11年=です。
正確に言いますと、祖父の代から書き始めて親子三代、
30数年の歳月をかけ、天保7年に上梓した「絵入り地誌」です。
7巻20冊に及ぶ労作で、江戸を知る一級資料です。

これに亀戸天神社の力石が描かれています。


天神社の実際の力石はこちら。
CIMG0869.jpg

ここに5個、表に1個の計6個あります。そのうち3個が有形民俗文化財です。
見学したいときは、神官さんにお願いして門扉を開けていただきます。

左から2番目の小ぶりな石は、子供持石です。刻字があります。

 
「奉納 子供持石 浅草 平右衛門町 大工重藏」

江戸名所図会に描かれた亀戸天神社と力石です。
丸い点線の中にあるのが力石です。今もほぼ同じ場所にあります。


img067_20220828071928e8f.jpg

絵師は長谷川雪旦。尾張藩・唐津藩の御用絵師です。
親子三代の地道な取材と雪旦の綿密な絵で構成されています。

この「江戸名所図会」に力石が描かれていることを発見したのは、
私の師匠、高島先生です。ところがある日、私は先生が指摘した力石以外にも
まだたくさんの力石が描かれているのを見つけてしまいました。
先生、悔しがったかどうかは定かではありませんが、いい気分です。


絵を一枚ずつ虫眼鏡で丹念に見ていきまして、気が付いたら夜が明けていました。
ちなみに、角川文庫版(全6巻)を鈴木棠三氏と共に校注したのは、
奇しくも師匠と同じ四日市大学の朝倉治彦教授です。先生は昨年、他界されました。

さて、この図会の中に、作者と絵師の自画像が描かれているそうです。
目白大学・鈴木章生教授の説です。


鈴木教授が指摘した絵がこれです。
「平村平惟盛古墳」の絵です。


edo_0203.jpg

「しゃがんで熱心にスケッチしている「坊主頭の男が雪旦」、
それを見守っているのが「月岑の父の幸孝」ではないか」と、
鈴木教授は推理しています。

江戸名所図会の作者、斎藤家の墓です。
台東区東上野の法善寺にあります。


CIMG0946 (2)

月岑は明治11年に亡くなりましたが、その後子孫が絶え、
今は訪れる人もなく、このようになっています。
スポンサーサイト



雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞