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見知らぬ町に力石尋ぬ

力石
07 /06 2014
2年前の夏、兵庫県姫路市へ行きました。

JR姫路駅から山陽本線に乗り換え、英賀保(あがほ)駅で下車。
駅舎を出たら、むせ返るような熱気です。
聞きなれない関西弁、初めての町。
頭から直射日光を浴びつつ、地図を片手に歩き出しました。


足元に小さく影を落としつつ 見知らぬ町に力石尋ぬ 雨宮清子

山を背にした広畑区・才の天満神社です。
人っ子一人いない境内、狛犬が私を迎えてくれました。

CIMG0386.jpg

小さな神社でしたが、立派な力石がたくさんありました。
「大力」「靎亀」(つるかめ)「立花」「力石」「力石」

どの石も形が整っているのは、神社に奉納するとき、
石屋さんが小判型に整形したからだそうです。
ここにある石は全部、井上常五郎が担ぎました。


CIMG0378.jpg

力石刻みし文字の深さかな   雨宮清子

静岡県にはこんな立派な刻字石はありません。
一番大きな石の刻字を記します。常五郎が53歳のとき担ぎました。
すごいですね。


「才若 大力 明治十六年十一月 七十五メ 
井上常五郎 五拾三歳 平野川儀藏肩上之 明治二十七年五月 
姫路城北平野村住 有志者記之」


明治16年に井上常五郎が担いだこの石を、
今度は明治27年に平野川儀蔵が担いだということです。
平野川は姫路地方の奉納相撲で活躍した人物だそうです。


この「大力石」、昭和60年の「神戸ユニバーシアード」で展示されました。

石には七十五貫目(281㌔)と刻まれていますが、
瀬戸内海沿岸の力石の研究家で、神戸大学の神吉賢一名誉教授が量ったところ、
四十五貫目(170㌔)であったという。
100㌔余りもサバ読んじゃっていますが、
でも170㌔でもオリンピックの重量挙げ、62㌔級ジャークで優勝できる重さだそうです。


力石ではありませんが、珍しいのでご紹介します。

「七ツ石」です。同じ境内にありました。
CIMG0384.jpg

「七ツ石」と刻んだ石が、7個あります。

農民にとって、水は命です。
で、たびたび水争いが起こりました。それを解消するために用意されたのが
この石なんだそうです。田んぼの水の調節に使ったようです。
「七ツ石」と彫ってあるのは、勝手に細工しないためだそうです。


大正時代から昭和60年まで使っていたそうですが、河川改修工事で不要になり、
この天満神社に奉納されたということです。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞