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鬼熊、世田谷区北烏山に眠る

力石
07 /01 2014
京王線「千歳烏山駅」から延びる道路沿いには、たくさんの寺が並んでいます。
その数26。
鬼熊こと熊治郎はその中の一つ、妙寿寺に眠っています。
なんで世田谷かといいますと、大正12年の関東大震災で焼け出された寺が、
浅草などから続々と移転してきたからなんです。

法華宗本門流妙寿寺です。
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鬼熊の墓です。庫裡横にあります。

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一番後ろに隠れている石が墓です。

法号は「勇猛院熊力信士」
没年は明治18年8月13日。生年は不明。
真ん中の丸い石は、鬼熊が使った力石です。
鬼熊の力石は千葉県、東京都、神奈川県に20個残っています。

鬼熊の「東京力持番付」(明治5年)です。
=東京都立中央図書館蔵

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このほかに慶応2年の「江戸力持番付」=流通経済大学蔵=もあります。

妙寿寺からの帰り、面白いものを見つけました。
浄土宗「称往院」「蕎麦の碑」です。

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この寺に信州出身の道光という庵主がいて、信者に蕎麦をふるまっていた。
その蕎麦の美味さが江戸中に知れ渡り、客が次々詰めかけて大繁盛。
庵主は蕎麦打ちに熱中するあまり仏道がおろそかになり、ついに住職は、
蕎麦を追放するお達しを出し、「蕎麦境内に入るを許さず」の石碑
「不許蕎麦入境内」を門前に建ててしまった。
天明6年のことであった。

蕎麦屋に「○○庵」が多いのは、
この道光庵の繁盛にあやかりたいがためなんだそうな。
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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞