やがて悲しき…
世間ばなし➁
このところいろいろあって、ちょっと疲れちゃって、
それで本日は世間話です。
カンヌ映画祭で北野武さんが新作映画「首」で、万雷の拍手だったそうで…。
大昔、この人の映画を見たら、残虐場面がコマ落としみたいに現れて、
結局、何を言いたい映画だったんだろうということになって、
その後は見る気がしなくなった。
ほかの監督の作品に俳優として出ているときは、
いいね!となるんですけど。
ただ、どの映画の役柄も同じに見えた。
私は映画に詳しくないし凡人だから、
良さがわからないだけかもしれない。きっとそうだろうな。
だって海外のみなさん、あんなに熱狂していたし。
有名俳優を起用して、何本もの映画を制作するって、
すごいお金持ちなんですね。才能もエネルギーも枯渇しないのがすごい。

で、映画の残虐シーンを背にした北野氏の顔を見ていたら、
なんだかウクライナの大統領とダブってきちゃって…。
ごめんなさいね、おかしなこと思っちゃって。
でも、よその国のお殿様が用意した特別仕立ての「空飛ぶお駕籠」から、
G7の日本国・ヒロシマへTシャツ一枚で現れたのを見たら、
ひょっとしてこれは戦争映画のスクリーンを背にしたお芝居で、
あの悲痛な顔が次の瞬間、
「アッハッハー! みーんなトリックだよ」とお道化出すんじゃないか、と。
こんなことを書くと、「侵略された非常時の国なんだよ。不謹慎な!」と、
お𠮟りを受けそうですが…。
これって、韓国に現れた大統領夫人の美しい装いを見たせいかも。
で、そのお二人の顔にさらに重なったのが、子供の頃観た地方まわり、
そのころはドサまわりと言っていた役者の顔。
なぜこの3人がダブって見えたのか、自分でもわからない。
もしかしたら、
先の二人も芸人出身だから、そういう刷り込みで見ているだけなのかも。
私が住んでいた田舎に大きな製紙工場があって、
そこに芝居小屋があったんです。
芝居小屋といっても歌舞伎座に似た立派なもので、枡席も花道もあった。
格天井には企業の派手な広告が描かれていて、まわり舞台まであった。
まわり舞台は手動式だったから、床下ではおじさんたちが梶棒を持って
ぐるぐる回しているんだと親から聞かされた。
その役者さんたち、興行の前になると舞台衣装を着け、
一座の名を染めた幟を立てて、村のメインストリートをゾロゾロやってきた。
幟には「美空すずめ」とか「中村銀之助」なんていう
当時の有名歌手や俳優の名を寸借したインチキ名が書かれていた。
そうして村中を宣伝して歩くのだが、
太陽に晒されたその顔の気色の悪いことったら。

男も女も白塗りべったりの顔に真っ赤な口紅。
青やら黒のシャドウで隈取りした中に黄色味を帯びた目。
そういう一団が真っ昼間、わーわードンドコ賑やかにやってくる。
役者が喚くたびに口紅がこびりついた歯がむき出しになり、
安物のカツラが額や耳の境目でフガフガ、パクパク動くので、
その異様さにギョッとなって、私はすぐ家の中へ逃げ込んだ。
夜になると、芝居の幕が開いた。
ほとんどが時代劇で、斬った張ったの大立ち回り。
座長扮する正義の素浪人が、悪人共をバッタバッタと斬り倒す。
小人数の一座だから、
死んだはずの悪人が生き返ってはまた斬られ役を演じるので、
その都度、笑いが起きた。
素浪人は死体が転がる舞台の真ん中に立つと、
血に染まった刀をかざしたまま、静止画像に成り切った。
そのスキを突いて舞台の袖から小走りに現れた悪人が襲いかかる。
観客が「あっ!」と息を飲んだ瞬間、バサリ。
素浪人の刀のほうが一瞬、早かった。
勝新太郎主演。「総天然色」「大映超大作」と銘打った昭和の映画。
「賭場から喧嘩場へ! 腕も上った!
子分も出来た! 命知らずは寄ってきな!」と書かれている。

浪人はそのまま円を描くように刀をぐるりと回すと、再び静止画像になり、
首をひねって観客をねめまわしてキッと睨んだ。
すると満員御礼の客席から、万雷の拍手が起きた。
大向こうから声がかかる。
「なかむらやっ!」
無数のおひねり(投げ銭)が舞台めがけて宙を飛ぶ。
おじさんもおばさんも、持参した重箱の御馳走を頬張りながら一斉に叫ぶ。
「ほれぼれするよォー!」「あんた、さっきは後ろも危なかったよォ!」
役者は額に受けた刀傷の偽物の血を滴らせたまま観客席に向き直ると、
ニンマリ笑い、歯をむき出して叫ぶ。
「ありがとヨ!」
最後に子役を出す。これがまた悲しい役柄で…。
その子がたどたどしい声で言う。
「ととさま、かかさまの仇を討ってくれて、ありがとう」
客はもらい泣きしつつ、またも競っておひねりの雨を降らせた。
そしてすべてが終わると、「悪を滅ぼす正義」の舞台は一変。
さっきまで敵同士だった役者たちやあの幼い子役までもが、
おひねりを夢中でかき集めるシーンとなって、現実に戻っていた。
世界の映画監督と大統領閣下には恐れ多いことだけれど、
私にはなんだか、戦後間もない田舎の芝居小屋で、
見得を決めて拍手喝さいを浴びた座長とこのお二人が重なって…。
そんなふうに思うのは、やっぱり変ですよね。
このところいろんなことがあって、ちょっと疲れちゃったせいかも。
そうですよね、きっと。
紙芝居に見入る戦後の昭和の子どもたち。

「藝能東西」小沢昭一編集・発行 新しい芸能研究室 1976
面白うてやがて悲しき鵜舟かな 芭蕉

ーーー明るいニュースーー
心を乱されて疲れちゃった私のために、
そばつぶさんがこんな情報を届けてくれました。
「73歳が石上げに挑戦」

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カンヌ映画祭で北野武さんが新作映画「首」で、万雷の拍手だったそうで…。
大昔、この人の映画を見たら、残虐場面がコマ落としみたいに現れて、
結局、何を言いたい映画だったんだろうということになって、
その後は見る気がしなくなった。
ほかの監督の作品に俳優として出ているときは、
いいね!となるんですけど。
ただ、どの映画の役柄も同じに見えた。
私は映画に詳しくないし凡人だから、
良さがわからないだけかもしれない。きっとそうだろうな。
だって海外のみなさん、あんなに熱狂していたし。
有名俳優を起用して、何本もの映画を制作するって、
すごいお金持ちなんですね。才能もエネルギーも枯渇しないのがすごい。

で、映画の残虐シーンを背にした北野氏の顔を見ていたら、
なんだかウクライナの大統領とダブってきちゃって…。
ごめんなさいね、おかしなこと思っちゃって。
でも、よその国のお殿様が用意した特別仕立ての「空飛ぶお駕籠」から、
G7の日本国・ヒロシマへTシャツ一枚で現れたのを見たら、
ひょっとしてこれは戦争映画のスクリーンを背にしたお芝居で、
あの悲痛な顔が次の瞬間、
「アッハッハー! みーんなトリックだよ」とお道化出すんじゃないか、と。
こんなことを書くと、「侵略された非常時の国なんだよ。不謹慎な!」と、
お𠮟りを受けそうですが…。
これって、韓国に現れた大統領夫人の美しい装いを見たせいかも。
で、そのお二人の顔にさらに重なったのが、子供の頃観た地方まわり、
そのころはドサまわりと言っていた役者の顔。
なぜこの3人がダブって見えたのか、自分でもわからない。
もしかしたら、
先の二人も芸人出身だから、そういう刷り込みで見ているだけなのかも。
私が住んでいた田舎に大きな製紙工場があって、
そこに芝居小屋があったんです。
芝居小屋といっても歌舞伎座に似た立派なもので、枡席も花道もあった。
格天井には企業の派手な広告が描かれていて、まわり舞台まであった。
まわり舞台は手動式だったから、床下ではおじさんたちが梶棒を持って
ぐるぐる回しているんだと親から聞かされた。
その役者さんたち、興行の前になると舞台衣装を着け、
一座の名を染めた幟を立てて、村のメインストリートをゾロゾロやってきた。
幟には「美空すずめ」とか「中村銀之助」なんていう
当時の有名歌手や俳優の名を寸借したインチキ名が書かれていた。
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男も女も白塗りべったりの顔に真っ赤な口紅。
青やら黒のシャドウで隈取りした中に黄色味を帯びた目。
そういう一団が真っ昼間、わーわードンドコ賑やかにやってくる。
役者が喚くたびに口紅がこびりついた歯がむき出しになり、
安物のカツラが額や耳の境目でフガフガ、パクパク動くので、
その異様さにギョッとなって、私はすぐ家の中へ逃げ込んだ。
夜になると、芝居の幕が開いた。
ほとんどが時代劇で、斬った張ったの大立ち回り。
座長扮する正義の素浪人が、悪人共をバッタバッタと斬り倒す。
小人数の一座だから、
死んだはずの悪人が生き返ってはまた斬られ役を演じるので、
その都度、笑いが起きた。
素浪人は死体が転がる舞台の真ん中に立つと、
血に染まった刀をかざしたまま、静止画像に成り切った。
そのスキを突いて舞台の袖から小走りに現れた悪人が襲いかかる。
観客が「あっ!」と息を飲んだ瞬間、バサリ。
素浪人の刀のほうが一瞬、早かった。
勝新太郎主演。「総天然色」「大映超大作」と銘打った昭和の映画。
「賭場から喧嘩場へ! 腕も上った!
子分も出来た! 命知らずは寄ってきな!」と書かれている。

浪人はそのまま円を描くように刀をぐるりと回すと、再び静止画像になり、
首をひねって観客をねめまわしてキッと睨んだ。
すると満員御礼の客席から、万雷の拍手が起きた。
大向こうから声がかかる。
「なかむらやっ!」
無数のおひねり(投げ銭)が舞台めがけて宙を飛ぶ。
おじさんもおばさんも、持参した重箱の御馳走を頬張りながら一斉に叫ぶ。
「ほれぼれするよォー!」「あんた、さっきは後ろも危なかったよォ!」
役者は額に受けた刀傷の偽物の血を滴らせたまま観客席に向き直ると、
ニンマリ笑い、歯をむき出して叫ぶ。
「ありがとヨ!」
最後に子役を出す。これがまた悲しい役柄で…。
その子がたどたどしい声で言う。
「ととさま、かかさまの仇を討ってくれて、ありがとう」
客はもらい泣きしつつ、またも競っておひねりの雨を降らせた。
そしてすべてが終わると、「悪を滅ぼす正義」の舞台は一変。
さっきまで敵同士だった役者たちやあの幼い子役までもが、
おひねりを夢中でかき集めるシーンとなって、現実に戻っていた。
世界の映画監督と大統領閣下には恐れ多いことだけれど、
私にはなんだか、戦後間もない田舎の芝居小屋で、
見得を決めて拍手喝さいを浴びた座長とこのお二人が重なって…。
そんなふうに思うのは、やっぱり変ですよね。
このところいろんなことがあって、ちょっと疲れちゃったせいかも。
そうですよね、きっと。
紙芝居に見入る戦後の昭和の子どもたち。

「藝能東西」小沢昭一編集・発行 新しい芸能研究室 1976
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