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東京、大阪、タイランド

みなさまからの力石
04 /13 2022
「みなさまからの力石」、続きます。

今回はすでにみなさまお馴染みの方お一人と、初登場のお二人です。


ーーお一人目はブログ「路傍学会」の路傍学会長さんーー

2か所、ご紹介します。

記録済みの力石ですが、19年たったらこんなにきれいになりましたという、
ビフォー、アフターをご覧ください。


● 熊野神社(東京都杉並区天沼)

ビフォー ただ地面に転がしてあります。
でも、これが本来の姿ではありますが…。

img20220408_19511432 (2)
「東京の力石」高島愼助 岩田書院 2003より

アフターオオーッ、これは!

路傍さん1
①46余×47×24㎝ ②50余×45×24㎝

「奉納 三十メ」「奉納 四十メ 喜蔵」

すごい変わりようです!

年月が経るごとに放置される石が多い中、こんなにきれいに磨かれて…。
前の写真、違うのを載せちゃったのかと思うくらい変わりました。


担ぐ人がいなくなって捨てられるより、こうして生まれ変わって、
みなさまに親しんでいただけるのはありがたい、と力石も言っております。

「路傍祠のLandscape53」

会長さんによると、説明版に、
「神の御前で勇姿を見せ祈願した」と彫られているそうです。

● 白山神社(東京都大田区東嶺町)

ビフォー
大田区
「東京の力石」より

こちらは19年前もきちんと保存されていました。

「三十五貫目 峯村」「三十メ」

アフターさらに進化。
大田区
①66余×37×28㎝ ②58余×41×26㎝

出世して「縁結びの神様」になりました。

コンクリートで固められていたものを一度掘り起こし、
新たに玉砂利を敷いたみたいですね。神々しいです。

もはや力石として活躍した昔日の面影はなくなりましたが、
これも時代ですね。

真ん中に置かれた石は型の石でしょうか。

この「女」「男」の札は、昨年までは掛けてなかったみたいです。
恋占いのおみくじを置いて、
力石の前あたりにおみくじを結ぶ場所があったら、なおいいですね。


「青面金剛のLandscape369」

力石ではありませんが、会長さんが見つけた
そこはかとなく切なくて、やがて笑いがこみあげてくる、

「昭和生まれの店主」意地と根性の張り紙をご覧ください。

界隈1
界隈2

「そうだそうだ! 何が悪い。姫も昭和生まれだい!」

詳しくは下記のURLへどうぞ。

「界隈のLandscape95」

--お二人目はブログ「晴耕雨読-田野登-」の田野登先生ですーー

田野先生は「大阪民俗学研究会」の代表をされている民俗学者さん。

ほかに「大阪春秋」編集委員、大阪区民カレッジ講師、大阪あそ歩ガイドなど、
多方面に精力的に活動をされていて、
「ちっともジッとしていない」方。

その先生が力石をご紹介くださっています。

● 三社神社(大阪市港区磯路)

「さし石」

田野先生
54余×37×24㎝

ある日、ガイド場所の下見に出かけた先生、
「かつての市岡新田会所の場所へ」

たどり着いたのは波除公園。
「この場所ってホンマの場所?」

そこで、

「古地図や古写真から、新田会所のホンマの場所を推測」

さらに西進。
「地元のウジガミサン
三社神社の鳥居の傍らに謎の石、発見」

「さし石です。力石です」

「三社神社は近世は現在地より北東の市岡新田会所の南東の一画に鎮座。
近代になって遷座を繰り返し、
その後、嵩上げ工事が完了した現在地に鎮座した。
宮司さんが、この石は港湾関係の人と関係があるのではないかと話していた」
と、田野先生。

「幻の市岡新田を歩く」

先生、もっともっと見つけて、
「大阪あそ歩」参加のみなさまに見せてあげてください!

ーー三人目はブログ「ちい公ドキュメントな日々」のちい公さんーー

大阪とタイランドを忙しく行き来しています。

奥さまはタイの方で、可愛い「魔女」のPERNさん。
魔女さん

PERNさんのブログ「魔女の手紙タイランド」もぜひ、ご覧ください。

タイの暮らしや歴史、子供の遊びなどに日本との共通点があるなど、
興味深い事柄がたくさん出てきます。


さて、ちい公さん、ある日、力石探しにアユタヤへ出かけました。

「石を探してアユタヤ王朝を」

「アユタヤのお話 ①」

アユタヤは駿府(静岡市)生まれの山田長政がいた町です。
江戸の初期、朱印船に乗ってタイへ渡り政府高官に上りつめたという人物。

市内に建つ長政の胸像です。マスクをしています。
CIMG5369 (2)

「空ゆく雲のようにいつも自由でありたい」と夢見る「浮雲」のちい公さん。

アユタヤの遺跡を自在に動き回ります。

そして、

「この石もしかして…。ま、まさか」

IMG_1454.jpg

意図的な置き方だけど、確証はないしねぇ。

「アユタヤ遺跡にて」

後日、メールで、

「アユタヤ探索では、力石らしき石には巡り合わず」

寺院の関係者に聞いたら、

歴史遺跡のような場所より、豊作を祈ったり祝ったりする
カントリーサイドの寺院をあたるべきだ」と。

そこで田舎出身の人から情報収集したら、石の写真が届いた。

これ、何かの祭祀跡みたいですねぇ。

環状列石(ストーンサークル)かなぁ? 

タイ1

下の写真も同じ場所みたいですが、これ、石棒(男根)かなぁ?

環状列石の真ん中にはこういう立石が立ててあって、
縄文人のなんていわれていますよね。また太陽信仰を伴っていたとも。

円を描くように石を配置するのは、お母さんの子宮のつもりで、
そこに死者を入れて、命の再生を願ったということのようです。

なぜ太陽信仰が伴うかというと、
太陽の光を浴びて子供を授かったという信仰があったからなんです。

で、生命の誕生を望むのなら、石棒(陽石)が必須だし。

こんなことを言うと考古学者に笑われますけど、
私は古墳も同じではないかと思っているんです。

前方後円墳でいうと、

遺体を安置した円墳部分が子宮で蘇りの場所、方墳部分が産道。
古墳の周りの水は羊水。

どんなもんでしょう? 
古代から人は、いったん浄土に行き、再びこの世に生まれ出る
「生まれ清まり(替わり)」を願っていたし。

とかなんとか。

でも、物事は柔軟に考えなくちゃね!

力石とは全然違うけど、タイのこれはこれでおもしろい! 興味深々です!

タイ2 (3)

詳しい調査はやはり現地へ行かなければどうにもならず。
コロナの終息待ちです。

しかしアンテナを広げておれば、何かが飛んでくるでしょう。
粘り勝負になりそうです」と、ちい公さん。


私も粘り強く待ってまぁーす!

ーーーお知らせーーー

岐阜の大江誉志さんがテレビに出ます。力石を担ぎます。
NHK名古屋放送局「東海ド真ん中!」

 放送日は15日19時30分~19時55分(愛知・岐阜・三重)
 再放送は16日9時30分~9時55分(上記の県+静岡)

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野の学者

みなさまからの力石
04 /10 2022
学者には「官の学者」「野の学者」がいる。

そう言ったのは、「あるく、みる、きく」を提唱し、
自ら「野の学者」に徹した民俗学者の宮本常一氏だったと思います。

今回ご紹介するブログ「成田に吹く風」の船山俊彦氏は、
まさに「野の学者」

「新しいものと旧いものが混在する成田という街」に暮らし、
「良い意味でも悪い意味でも、
かつて日本人の心を育んできた風景に想いを寄せていただくきっかけになれば
と願い、長年、ブログを綴ってこられた。

力石も見つけてくださっています。
7か所、ご紹介します。

まずはすでに記録済みの力石から。


ーー1か所目は香取神宮です。

きれいな力石ですね。
成田1
千葉県香取市香取 68×42×21㎝ 65×44×23㎝ 60×32×28㎝ 
59×46×35㎝

2006年発行の「千葉の力石」(高島愼助 岩田書院)には、
4個分の説明があります。ただ写真は船山氏と同じ3個のみ。
もう一個は別の場所にあるのかな? ただし保存場所は同じ。

この石には明治末に活躍した金杉藤吉佐賀町の芳次郎、徳治郎などの
有名力持ち力士の名が刻まれています。

「千葉の力石」によると、石に刻まれた明治42年にこの神社で、
大規模な力持ち興行が行われ、そのときの額や玉垣が残されているそうです。


「下総一の宮・香取神宮(5)」

ーー2か所目は成田山へ通じる道の一つ「松崎(まんざき)街道」です。

船山氏によると、この旧道は、
利根川から安食(あじき)、松崎(まんざき)を経て成田山へ達する道で、

前半を安食街道、後半を松崎街道と称したそうです。

2個のうちひとつは欠けてしまっています。
成田2
千葉県成田市山口

「松崎街道・なりたみちを歩く(2)」

ーー3カ所目は大鷲神社。立派な神社です。

成田3
千葉県印旛郡栄町安食

ここの石は2011年に斎藤氏が報告しています。

「力石にしては小さいと思ったが、説明板に氏子青年たちが力比べに使った
とあったので、力石として報告した」と斎藤氏。


3個とも小振りで、一番小さい石で30×26×19余㎝しかありません。

「栄町の大鷲神社」

ーー4か所目は、皇(すめら)神社。

力石は2個。こちらはそのうちの一つです。

文字が消え、判読が難しい状態です。
成田4
千葉県成田市野毛平

船山氏はそれぞれ「奉納 霊石」「壱石」と判読。

2010年発行の「新発見・力石」(高島愼助、斎藤保夫 岩田書院)では、
小倉博氏の調査報告として、


①「奉納壱石目余 網戸邑 半七持之」②「五斗八目」とある。
しかし、説明文では「奉納壱石目余 半左衛門」とある。

うーん、これは? 誤記でしょうか?

「石に刻まれた網戸邑は過去に存在した村で、現在は旭市。
刻字は詳しく報告されているので、

文字の摩耗前にきちんと判読したのではないだろうか。
でも、石の刻字が半七で説明文が半左衛門? うーむ」と斎藤氏。


ちなみに「壱石」約150㎏。米俵2俵半。かなり重い。

大きさも①60×43×25㎝、②59×39×23㎝と立派です。

201505032042202d1.jpg

しかし、船山氏によると、

「昭和50年代に入ると国際空港の開港による騒音のため、住民たちは移転。
神社の周りから人影が消え、生活の匂いが遠のいてしまった」とのこと。


栄枯盛衰は世の習いとはいえ、寂しいなあ。

「野毛平の鎮守皇神社」

   ーーー◇ーーー

次は未採録の「力石のような石」を3カ所、ご紹介します。

ーー1か所目は六所神社。

途中でイボ取りの「疣神さま」を発見。

力石に似た石は祠の横にありました。ちょっと小さいですが、どうでしょう。


成田5

船山氏は「力石らしき丸い石」と半信半疑。
でもこの「力石みたいだなあ」という直感は案外、当たることが多いのです。

力石は木の根や祠、碑などの傍らによく置いてあります。

ただ残念ながら、
文献もなく伝承者は皆無。刻字がなければただの石なんです。


「竜台の六所神社」

ーー未採録2か所目は、若王神社と三王神社です。

ちょっと寂れています。

人っ子一人いない境内で、サビねこちゃんと遭遇。

人のいない杜を守ってくれているんでしょうか。
それとも逞しく生き抜いている「さすらいの猫」でしょうか。


成田ねこ
千葉県成田市下金山

肝心の「力石のような石」はこちらです。

力石でなくても誰かが置いた石ですから、特別な石だったんでしょうね。

成田6

「若王神社と山王神社」

ーー最後の一つです。

みなさんから「まだあるの?」なんて言われそうですが、
どうぞ、最後まで見てください!

成田7
千葉県富里市久能

この写真を見たとき力石みたいだなあと思い、
船山氏に大きさを問い合わせたら、寸法を測りに行ってくださったんです。

約36×約25×約15㎝

船山氏の見解は、
「風化等で壊れた小祠の代わりに置かれた石と考える方が正解に近いかと」
そして、
「恐れ多いのですが、石にちょっと触らせていただいた」とおっしゃる。
この一言でお人柄が偲ばれるようで、ジンときてしまいました。


「久能の駒形神社」

普段は森閑とした神社ですが、年2回、獅子舞が披露されるとのこと。

300年も続いているそうですから、歴史の深い地区の由緒ある神社なんですね。

こういうところはかつて「若衆組・若者組」が盛んだったので、
力石も多いはずなんですが…。


獅子舞
富里市教育委員会生涯学習課 提供(船山氏ブログより)

古い街道をたどり、草深い村里を歩き、線路を越え、細い山道を登り、
曲がりくねった道々で道しるべや地蔵さんや道祖神に出会う。

人がいなくなった村に取り残されたお堂や荒れ果てた寺、傾いた石仏や
草むらに埋もれた墓石群。


ブログ「成田に吹く風」に出てくるこうした風景の中に、
地に足を着き、一人コツコツと歩いていく船山氏の姿が見えてきます。


冒頭にお伝えした
日本人の心を育んできた風景に想いを寄せていただくきっかけになれば」
という氏の言葉が、

優しく温かく胸に染み入ります。

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埼玉で、相模原で、沖縄で

みなさまからの力石
03 /14 2022
力石に目を留めてくださる方が多くなりました。

本当にありがたいです。
力石も久しぶりに見出していただいて嬉しかったと思います。

今回は4人の方がそれぞれのブログでご報告されているのを、
写真をお借りして紹介します。

ーーーお一人目は、
写真ブログ「ITOWOKASHI」のplateauさんです。

itowokasi_2022030913223748a.jpg
埼玉県朝霞市下間木36 氷川神社

「やっぱりプロは違うなぁ」と、斎藤氏。

ダイナミックな構図、幻想的な空、山、滝、雲…。ときには女性美も。
そこに歴史的背景や色彩や美意識を巧みに取り込んで…。

いつも今日はどんな一枚かなと待っています。

「力石(ちからいし)と水準点」


ーーーお二人目は、「横浜水道みちを行く」のdoushigawaさん。

水の流れをどこまでもたどっています。大変ユニークな探訪記録です。
そんな中で、力石に遭遇。

「相模原市かんがい用水路」探訪で、2か所見つけました。

1か所目です。

相模原市
神奈川県相模原市南区鵜野森・日枝神社

「横浜水道みち歩きからいつのまにか用水路や河川など、
水辺歩きになりました」と、ブログ主さん。

「大野支線を歩く②」

doushigawaさんは、静岡県沼津市も歩かれています。
地元にいても気づくことが出来ない貴重な記録です。

2か所目はこちらです。

DSCF3451_20220308114848fces.jpg
相模原市南区谷口・道祖神横

このほか、
日蓮上人像にお召し服を奉納した団体「お召服講」建立の碑や、
八王子と横浜を記した道標などを紹介しています。

「大野支線を歩く③」


ーーー三人目は、

「へいへいのスタジオ2010」のへいへいさんです。

故郷さいたまをこよなく愛する写真家です。
へいへいさんのブログは、まさに「写真絵巻」。

「見沼田んぼ大好き! 写真ブログだよ! 野に咲く花のように…♪」

へいへいさんの気持ちです。優しさが伝わってきます。

稲荷神社で3個目の力石を発見。「もしかすると新発見?」
こちらです。

08DSC_6215.jpg
さいたま市緑区下山口新田18・稲荷神社

この神社で今まで採録されている力石は2個。
これは3個目か?

文字が刻まれた痕跡があるとのことなので、新発見かも。

三重之助先生、いかがでしょうか。

「そんな力石されど力石」

鳥、花、風景、歴史建造物などへいへいさんの守備範囲は広いのですが、
その中に力石も加えていただいています。

その力石をひとまとめにしたのが下のURLです。

この労作、埼玉県の図書館や博物館に収蔵していただけたらと願っています。

「へいへいの力石資料館」


ーーー最後を飾るのは、「おさとうのタナボタ」のおさとうさんです。

北海道から沖縄、台湾、中国まで歩きに歩いています。

全国各地のお食事処の紹介は2020か所。

残念ながら、今年3月でブログ新規更新は終了されるそうです。
でも消さずに置いておくとのことなので、ご訪問は可能です。

こちらは沖縄・国頭村の「石林の壁(パワースポット)」の「石」です。
力石かどうかはわかりません。

Daisekirinzan_008_orgs.jpg
沖縄県国頭村

「沖縄旅行記⑨大石林山・国頭村」

沖縄には「集落に力石が一個でもあれば、力持ちの男の子が生まれる」
との言い伝えがあるそうです。

この石も力石の可能性があるように思います。
ただちょっと小さめなので、願い事を占う「重軽石」かもしれません。

「第二次大戦で焼かれたり、米軍に強制的に土地を取り上げられたりしたため、
戦前のものは何も残っていません。力石もほとんど紛失しました」
と、地元の方。

今また、戦争が始まってしまいましたが、

一日も早い和平を!

ーーーーー


と願うものの、
この戦争がどうして起きたか私は知らないし、現地へ行ったこともない。
第一、ロシアやウクライナの歴史すら知らない。

知らないことだらけだから、判断のしようがない。
ただ、これだけは肝に銘じている。

飛び交う情報、特に情緒的・感情的に訴える情報には注意が必要であること。
短絡的な「善悪二元論」の風潮には乗らない。

それで、
まず歴史を知ろうと、これまた「短絡的」に動画でチョビッと。

とりあえずこれを見ました。



次に見たのが、オリバー・ストーン監督のドキュメンタリー映画(2016年制作)

「ウクライナ・オン・ファイヤー」
日本語字幕付きです。

ちょっと長いです。
野望、陰謀、プロパガンダ。外国勢力や民族が入り乱れて血で血を洗う…。

私にはささやかでも穏やかな日々があれば、と思ってしまいました。

「あなたが新聞を読まなければ、あなたは無知のまま。
新聞を読めばあなたは誤った情報を得る」(マーク・トウェイン)

言えてる。

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路傍さんと久々のそばつぶさん

みなさまからの力石
02 /06 2022
「路傍学会」の路傍学会長さんの新発見です。

早くお知らせしようと思いつつ、すっかり遅くなりました。

「神社のLandscape 267]

会長さんのモノを捉える視点には、独特なものがあります。

壊れかかった建物の陰にチラッと見えた商標や
地面に何気なく埋め込まれた煉瓦の刻印も見逃さない。

道が二本あれば寂れた旧道へ。
その先で昔の旅人を導いた道標や、旅の安全を祈った石仏と無言の会話。

今はすっかり忘れられた道祖神の細部にまで目も心も注ぎます。

そんな中、力石も見つけました。新発見の力石です。

と、ここで最初にアップしたブログを見た三重之助先生から、
「ちょっとちょっと」と、ご忠告が…。

「この石は「埼玉の力石」に報告済みです」

ありゃー! 路傍学会長さん、ごめんなさい。

と、がっくりしていたら、今度は斎藤氏からメールが入りました。

「確かに報告済みの力石ですが、「埼玉の力石」の判読は間違っています」

本の判読は「奉納御前 天保四」だが、
正しくは、
「奉納御前 享保四」

この差、114年。(天保四年は1833年、享保四年は1719年)

「路傍学会長さんは正しく判読されたのです」と斎藤氏。

路傍1
埼玉県越谷市七佐町・天満宮

「神社のLandscape 277」
 
人っ子一人いない草むらにしんぼう強く立つ石仏。
地元の方の優しさを身にまとった、赤い毛糸帽に派手なマントの六地蔵。

鳥居から外れてしまい、地べたに置かれたままの扁額。

疱瘡の退散を願って祀った「疱瘡神」が、昔日を思い出しながら今も。

またひとつ、力石が集会所の庭にゴロンと横たわっていました。

その石に、「文字が刻まれた痕跡」が…。

これも新発見です。 

これについては、「只今、「千葉県の力石」に作成中」とのこと。

まだ公表前なら「新発見」ということでいいですよね。

路傍2
千葉県我孫子市布佐・仙元宮

「神社のLandscape 278」
    
仙元宮から布佐下通りへ。
途中、名主だった「井上家」の立派な屋敷を見る。

そこから稲荷神社へ。

ここにも力石らしきものが転がっていた。

「力石だろうか」と会長さんは思案する。

三重之助先生、いかがでしょうか?

これについては、「刻字も証言もなく未確認」とのこと。

路傍3
千葉県我孫子市布佐下新田・稲荷神社

「神社のLandscape 284」

流山市を歩く。農家の庭先で井戸を見つけた。

立派な神社では、「青面金剛像」をたくさん観察。

踏んづけられた邪鬼の表情がなんともユーモラス。

昔の人の想像力はすごい。
それを石に再現するのもまたすごい。

ここでも新発見です。
と、最初書きましたが、これも、「千葉の力石」に報告済みとか。

ヴァァァー!

会長さん、本当に申し訳ない。完全に私の見落とし、失敗です。

でもでも、「姫、何やってんだよ」と笑いつつも、
こういう失態もひっくるめて、改めて力石に目を向けてくださったらと、
傷心の私メからみなさまにお願いいたします。

調査して終わりではなく、継続してみなさまに知っていただくのが大事だから。
とまあ、これは言い訳になるかなあ

でも、誤読を会長さんが正しく判読し直してくださった、
収穫は大ですね!

さて、気を取り直して、

この石には、くっきり、はっきり「石井氏」と刻まれている。
「氏」とあるのは、地元の有力者なのでしょう。

これほどの力石です。由緒を記して保存して欲しいですね。

路傍には実に様々なモノがあります。そしてそれぞれが物語を持っています。

それを教えてくれるのが、「路傍学会」さんのブログです。

路傍4
千葉県流山市南・神明神社

さて、ここで、
石川県金沢市の「そばつぶさん」、久々の登場です。

これ、なんと今年1月29日の石担ぎです

と書きましたが、そばつぶさんからの指摘で、
担いだ日は2021年9月26日とのこと。

この2022年1月29日は、視聴回数がカウントされた日でした。
もうね、今回はミスばかりで、面目ない…。

でも、今度は雪の日の石担ぎをアップしてくださるそうです。

1月3日の「担ぎ初め」。これはあっていますか?

なにはともあれ、力もグンとついて、動画の内容も進化しております。

どうぞ、ほかの動画もぜひ、ご覧ください。

一人、コツコツと挑戦しているそばつぶさんの応援を、
よろしくお願いいたします。


石川県金沢市松島・八幡神社(旧地名 市川村)

「力石を巡っていると、その町ごとの物語、歴史、偉人に出会えて、
胸が熱くなりますね! 
先人への感謝を日々、忘れてはいけないなと思いました」と、そばつぶさん。

ほんとうに! 今の人が忘れていることですものね。

石からその大切なものを感じとっているそばつぶさん。
ますます応援したくなりました。


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あるある力石

みなさまからの力石
01 /25 2022
私メの「悲劇の人生航路」を、クダクダ書き連ねているうちに、
みなさまが旅先などで見つけてご報告くださった力石の紹介が、
すっかり疎かになってしまいました。

今回は5人の方のブログと斎藤氏の写真をご紹介します。

お一人目は、
「行きたい! 素敵なジャパネスク」のくまくまさん。

「郡上八幡城」

くまくまさん
岐阜県郡上市

くまくまさんは、織田信長や武田信玄などの戦国武将や、
関ケ原の戦いのゆかりの地をめぐっている方です。

「戸隠神社」

くまくまさん2
岐阜県郡上市

お二人目は、
「ようこそ、はづきです」のはづきさん。

東京・多摩湖畔で、
陶器と喫茶のお店「ごはん茶わん・はづき」を経営されています。

自然の中でゆったり。可愛い猫ちゃんも登場します。

「熊野神社」

はづきさん
東京都東大和市

三人目は、
「BusyBee Life」のBUSY-GAEIさん。

「花」から「花」へ忙しく飛び回っているBusyBeeさん。

写真は神田川徳蔵一門の石がある柳森神社。
築土八幡神社の石も出てきます。

「千代田区の力石 他」

びじいさん (2)
東京都千代田区

遠く岐阜市へも飛びました。ブンブンブン

岩戸八幡神社の力石です。

「岐阜市・岩戸八幡の力石」

びじい2 (2)
岐阜県岐阜市

四人目は、
「とりけらのアウトドア&ミュージック日記」のとりけらさん。

ポタで神出鬼没。
軒下から地面の隅まで、目配り気配りが凄い!

「目黒不動」

とりけらさん
東京都目黒区

五人目は、
「へいへいのスタジオ2010」のへいへいさんです。

へいへいさんは紹介しきれないほどたくさん見つけておられますが、
今回は紙面の都合で、2か所だけのご紹介です。

「悪疫退散の力石」

「文字がはっきりした石は祠の脇に、そうでないのは石置き場に。
それだけでこのように分断されてしまうのでしょうか」とへいへいさん。

この「差別」は寂しいですね。どれもかつては大切にされた力石なのに。

記事の中で珍しい「どろいんきょ行事」も紹介しています。

へいへいさん2
埼玉県上尾市・平方八枝神社

「平方観音堂の力石」

あっちこっちに力石と思しき石が出てきます。
斎藤氏にお聞きしたら、今までここで確認されている力石は3個。

「写真だけでは判断は難しい。現地調査をしないと断定できないが、
平方公民館の駐車場脇の石は力石と思われます」とのこと。

それにしてもみんなバラバラに放置されていてもったいないですね。

平方観音堂
埼玉県上尾市

最後は斎藤氏、会心の一枚をどうぞ。

「奉納力石 四十メ目 下柳村 川端講中」

DSC02749.jpg
埼玉県春日部市下柳川端・雷電神社

今はただ猫の枕か力石  雨宮清子

「でも忘れずにこうして寄り添ってくれてるんだ。嬉しいよ」 by力石


みなさまがせっかくブログでご紹介してくださっても、
私の見落としがあるかもしれません。

どうかご容赦ください。

もしありましたら、ご一報いただけたら有難いです。


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。