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新発見力石②

斎藤ワールド
12 /04 2022
再び、現地へ立った斎藤氏、はやる気持ちを抑えつつ、新たな石と再会。

なにしろ斎藤氏は今までに723個もの力石を発見している人。

ひとりでこんなに多くの石を見つけた人は、
たぶん全国で斎藤氏のほかはおりません。


DSC00649.jpg
埼玉県杉戸町才羽162・八幡神社

しかもすでに先人が見つけ尽くして、
もうないだろうと言われている場所から次々と発見するのですから、
その凄さは誰もが認めざるを得ません。


2022年11月8日、
この日発見した724個目の石の知らせが私にもたらされたのは、
400数十年ぶりという「皆既月食」の晩で、


写真を添付したメールには、「只今、皆既月食進行中」と書かれていた。

私は慌ててベランダへ。

「こんな歴史的な日に新発見とは」と、興奮しつつオレンジ色の月を眺めた。


なんだか、この新発見石、月食中のお月さまに似ているなァ。
DSC00650.jpg

さてこの日、神社に隣接する家を訪ねると、奥さんが出てきた。
あいにくご主人は留守とのことで、奥さんに現場を見てもらうことに。

「これは力石といって、有形民俗文化財にもなる貴重な石であること」


「ここに刻まれた平三郎なる人物は、どなたかのご先祖かもしれない」

「ほかの2個より価値のある石なので、掘り起こしてくれるよう」頼んだ。

それに対して奥さんは、
「境内を掃除していても全く気付かず、多分、主人も誰も知らないはず。
みんなと相談してみます」と、前向きなお返事。

奥さんが去ったあと、斎藤氏、小さなスコップでさらに掘り下げてみると、
村の名前まで出てきた。

「□□□貫目 □□□□ □月十五日
          米野谷村 宮木平三郎」 


DSC00669.jpg
50余×37余×10余cm

このとき、「遠くで農作業をしている人を気にしながら掘った」

なぜ気にするのかというと、
「怪しい人」と間違われることが度々あるからなんです。

私も力石探しで石仏泥棒だと思われて通報されて、
お巡りさんが駆けつけてきたり、


あんな重いもの、持てるわけないのに。(*`へ´*)

賽銭泥棒と疑われて、どこからともなく現れた初老の男から詰問されたことも。

賽銭などとは全く無縁そうな寂れ果てた神社なのに。
逆に私はどこでも必ず賽銭を上げて私なりのご挨拶をしているってのに。

でもこのあたりでは見かけない顔。しかもザックを背負って…。

「怪しい!」と思われたのでしょうが、
私の動きをこっそり見ていたのかと思うと、こっちの方が気味が悪かった。

駆けつけた初老の男が探るような目で、大声を出した。

「ここで何やってるんだ!」


力石を探しているといくら説明しても、
力石の名称そのものを知らないのだから、全くお手上げ。
女が、という偏見も手伝ってか、
「力石だと? なんだいそりゃあ。でたらめ言うな」と、せせら笑う。

とうとうこの男、携帯を取り出し私の目の前でどこかへ電話。
「今、頭のおかしなのが来てる」と、大声でしゃべり出した。

電車とバスを乗り継いで海岸沿いの片田舎へ来て、
一つも成果がなかったばかりか、この扱いです。

貧乏人のくせに身銭切って、こんな見捨てられた石ころもどきのために、
今日は東へ明日は西へ、
あげくに「石もて追われて」、あたしゃ、いったい…、

情けなかったですよ~。


DSC06578.jpg

社殿の裏や木の下や草むらを目を皿のようにしてうろつくのですから、
確かに「怪しい!」動きです。

都会ならまだしも公共交通もない草深い田舎では、
確実な紹介者がいなければ村へ入ることさえ阻まれます。

大学の先生や「東京の」がつく「偉い人」だと無条件でありがたがるのに、
素人のおばさんだと「頭のおかしな人」になるのですから、もう涙、涙です。

で、そういうところの人ほど、こう言うんですよね。
「東京の偉い先生が古文書を持って行ったきり返してくれない」って。

「肩書に釣られるからだよん」と、私は内心、ザマァ…。

でもねぇ、力石はそういう村にこそ放置されているんですよねぇ。

さて、思い出話はこのくらいにして、
「米野谷村」はどこかということですが、
斎藤氏が地図と地名の由来を送ってくれました。


これです。
DSC00710.jpg

●「才羽(さいは)」
角川版・地名辞典によると、
「才場」とも書く。サイハはサバの転嫁でがないか」とある。

サバには礫土(礫土)の意味がある。
この地帯は渡良瀬川や古利根川の乱流地帯であったことを物語っている。

●平三郎がいた「米野谷(こめのや村)」については、
湾曲して流れる庄内古川(中川)沿いの地域。

この地で穫れる米は砂地ゆえ非常においしいため、
東京から、特に寿司屋さんが買い付けにきた。

平三郎は米農家の力持ちだったのではないでしょうか。

●「八幡神社」
もとは幸手市木立に鎮座していたが、洪水で流されてこの地に祀られた
との伝聞がある。以来、この村の鎮守。のちに合祀。

※「杉戸町の地名・地誌」-その由来と所在を訪ねてー
  鈴木 薫 平成5年より

平三郎石さん、早く掘り出してもらえるといいね。
DSC00597.jpg

そんなこんなを思いながら、大空の天体ショーをながめていると、

久々の新発見で元気はつらつの斎藤氏から、
出来立てホヤホヤの句が送られてきました。


「小春日や斜めに埋む力石(いし)ひとつ」  斎藤呆人

ついでに私も一句。

「平三郎この地に新風(かぜ)を起こしやれ」  雨宮清子

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新発見力石①

斎藤ワールド
12 /01 2022
「新発見力石」ご紹介の前に、昨日入ってきた嬉しいニュースを!

「風流(ふりゅう)踊り」のユネスコの無形文化遺産に、
24都府県41件が登録されましたが、


その中に、私が通い詰めた「有東木の盆踊り」と、新聞記事にした
「徳山の盆踊り」「鹿ん舞」「ヒーヤイ踊り」が入りました。
※「鹿ん舞」の写真は、11月25日のブログに載せましたので見てください。



「有東木(うとうぎ)」には、
盆踊り、神楽、百万遍、登山と何度もおじゃましました。


ここでも単独登山という無謀なことをやりました。
このころはイケイケドンドンで怖さ知らず。

マムシもなんのその。道なき下山路を高圧鉄塔の電線だけを頼りに歩いたり。

人一人しか通れない崖っぷちで、真っ白い大きな犬と遭遇。
なんとも神秘的な体験をしました。


犬は背後から音もなくやってきて、ただ前方のみ見つつ私の体を通り抜け、
振り返りもせず悠然と尾根上へと消えていった。

あれは私を守ってくれた山の神さまだったと、今でも信じています。


左は盆踊りの輪に入れていただいた10余年前の私。 
ささらやこきりこ、扇を持って、見よう見まねで、

〽 くるりとござれ くるりとござれ こきりこ踊りを見せ申す    

右は「百万遍」。大きな数珠を回し、
ダーブツ、ダーブツ ナンマイダーとみなさんと声を合わせて…。

img20221130_21562668.jpg 百万遍
静岡市葵区有東木。東雲寺

ーーーーーここから「新発見力石」ですーーーーー


「野っ原にポツンと置かれた力石の写真、ありませんかァー!」

そんな写真が必要になったけれど手に入らない。
そこで「困ったときの斎藤さん頼み」、緊急に声を掛けました。

そしてなんと、依頼した翌日に早速、写真が送られてきた。

「あそこなら」と思い、2008年に2個の力石を新発見した場所へ、
愛車の「黄子(きこ)」嬢を駆って出かけたというのだ。

この迅速さはいつものこと。


斎藤氏はきっと、ドラえもんの「どこでもドア」と同じものを持っていて、
自在に力石を探索しているに違いないと、
私は密かに思っているのですが…。

そしてなんと、
そこで新たにもう一つ、新発見したというのだから、さらにびっくり。


これです。
DSC00596.jpg
埼玉県杉戸町才羽162・八幡神社

「野っ原ではないけれど、ここならご希望に叶いそうだとあたりを見回したら、
半分以上埋まった石が見えたので、近寄って掘ったら、文字が…」と斎藤氏。


「平三郎」

平三郎くん、「早く誰か、ぼくに気づいてくれよ~」
なぁんて思いながら、だんだん土中に沈んでいったんですね。

「2008年には全く気づきませんでした」

奇跡ですね。

14年前、2個の力石を発見して世に出した斎藤さんに、
また一つ救われました。


改めて全景を写したのがこちら。

確かに遠くに石が確認できます。

大きく写っている2個が、2008年に新発見した力石です。
こちらは刻字なし。
赤丸の中の石が今回発見した刻字のある「平三郎石」です。


DSC00646.jpg
既存の石の寸法は、
①=左の石=70×60×20余cm ②=右の石=65×53×30余cm

でも斎藤さん、二つの石の間に頭だけ出して埋もれている石、
なんだかこれも怪しくないですか?

なァんて、またまた余計な口出しをして、ごめんなさい。(´・_・`)


※斎藤氏からの返信で、「二つの間の石?」と私が思ったのは、
切り株でした。スミマセン…。

で、新たな新発見石、「掘り出さないと全体の刻字が判明しないので、
明日以降、神社関係者を探してお願いしようと」一旦帰宅した斎藤さん、

「力石新発見は彼女なしでは考えられない」とぞっこんの、
最高の相棒・黄子嬢を駆って、翌日、再び現地を訪れました。

果たして、その結果は?


相棒の「黄子」嬢と。
1黄子

ーーーーー

よかったら、
「鹿ん舞」と「ヒーヤイ踊り」の子供たちのがんばりも見てください。

鹿の被り物をつけた少年たちが、ピョンと飛び上がるときの掛け声、

ソーリャア、ウン、ハイ

が、今も耳の底に残っています。



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亀がつないだ新発見

斎藤ワールド
01 /10 2022
2022年、新年早々の新発見です!

斎藤氏からの情報です。

数日前の降雪がウソのように、この日は風もなく暖か。
その陽気に誘われて斎藤さん、さっそくポタ。

関東地方、雪の夜。
DSC03736.jpg

雪が消えた中、穏やかな日差しを浴びて杉戸町へ。

街中に忘れられたような瀬戸物屋をみつけて、
もしかしたら探している「亀形の箸置き」があるかと思い入店。

箸置きはなかったが、亀つながりで栗橋八坂神社の石亀の話が出た。

八坂神社の亀です。
栗坂5
埼玉県久喜市栗橋北・八坂神社旧地の灯ろうの足元

話が弾んだ。

瀬戸物屋のおかみさんの実家が栗橋の舟戸町。

江戸川の築堤で実家はなくなったが、
数代前までは江戸川の廻船問屋だったという。

おかみさんはそこから杉戸町に嫁いできたが、
八坂神社のことはよくご存じで、代々の宮司さんのこともよく知っていた。

力石の話をしたら、
「近くの愛宕神社にもあるよ」と、思いがけない話が飛び出した。

こいつは春から縁起がいいや、とばかりに斎藤氏、愛車を走らせた。

ありました!

真新しい竹垣にしめ縄。新年の陽光を浴びて清々しい。

DSC03780.jpg
埼玉県杉戸町杉戸4-4-6 愛宕神社。49余×57×29㎝

嬉しくて、上からも撮った。

この神社には何度も通い、昨年もたびたび来たのに見つからず、
ないものと思っていた。

DSC03778.jpg

瀬戸物屋のおかみさんの話では、

「ここには老巨木のイチョウの洞に、銀杏観音(瑠璃観音)が鎮座しているが、
他に呼び物がない。その必要性を感じて氏子会で討議。
その結果、
昔からあった力石とさざれ石(重軽石=おもかるいし)を設置することにし、
2022年の正月に披露となった」とのこと。

刻字のない力石でわからなかったけれど、
氏子さんたちの間ではちゃんと伝承されていたんだと安堵。

できたてホヤホヤの説明板もしっかりカメラに収めた。

DSC03777.jpg

しかし、神社関係者にも保存の経緯を聞いてみようと再度、愛宕神社へ。

ちょうど神社の会館で氏子さんたちが慰労会の真っ最中。
幹部の方からお話を聞くことができた。

それによると、

 神社に力石やさざれ石があることは、誰一人知らなかった。
 昨年、町役場から「愛宕神社の力石とさざれ石が載った文献がある」
   との連絡があり、氏子たちが石を探したが見つからなかった。
 そこで役場の人に来てもらい、見つけることができた。
 説明文は氏子の作成。
 さざれ石は社殿内で保管している。

さすが斎藤さんです。

しかし、幹部の方の、
「力石は今年初めに設置し、正月参拝者に披露した」
の説明に疑問を持ち、再度、確認したが、「今年初めに設置した」と断言。

うーん。 今年初めっていつなんだろう?

神社に出向く前に、
瀬戸物屋のおかみさんに、力石があった元の場所を聞いておいた。

力石は、石塔の前の棕櫚の木の根元にあったそうです。
DSC03850.jpg

この力石を移動する際、
向かいの家(元・酒屋)から、「この石はうちの所有物」とクレームがあったが、
境内にきれいに設置されたのを見て納得。感謝していたとのこと。

酒屋さん時代に使用人たちがこれで力くらべをやったのかもしれないですね。

でもあのように放置され、誰にも知られず土に埋もれていくより、
こうして皆さんに注目され、可愛がられる方が石も喜びます。

役場で文献を発掘し、氏子さんたちのご尽力で、
愛宕神社に新たな歴史が加わりました。

元・酒屋さんにはぜひ、昔の力持ちの話などお願いしたいですね。

生まれ変わったこの力石、コロナで疲弊し希望をなくした若者たちに、
きっと「力」を与えてくれると信じています。

DSC03779.jpg

情報をもたらしてくださった瀬戸物屋さんに、感謝!


ーーーーー

路傍学会長さんやへいへいさんからの新発見、
着手しないままになっておりますが、必ずご紹介してまいります。
それまで今しばらくのご猶予を。

また、力石を取り上げてくださったブログのご紹介も、
順次、させていただきますのでこちらもしばしお待ちください。


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石は黙ってものを言ふ

斎藤ワールド
05 /04 2021
やりましたねぇ、斎藤さん。

久々の新発見。
持ち前のド根性で、菅原天神社での汚名返上です。

「三ノ宮卯之助」の途中ですが、斎藤氏のこの快挙をお伝えします。

発見場所は、埼玉県白岡市の稲荷神社。

この日、ポタリングでここを通りかかった斎藤氏、
偶然、力石を発見。しかも2個も。

720個目の新発見です!

斎藤新発見1
埼玉県白岡市千駄野814・稲荷神社

「実は2007年11月に、ここで1個発見しているんです。
それでもうないだろうと思っていたのに。

うっすらと刻字が見えて。あ、力石だ! と。
当時、見逃したのだろうか。それともその後にどこからか移動してきたのか」

判読に苦労したが、どうにか読めた。

「宝永四丁□□ □□□□□目」

宝永四年は今から314年も前です。
この年、富士山が大爆発。宝永山ができた。

314年も前にこの石は、村の若者たちと共にいたんですねぇ。

斎藤新発見3
58×34×29㎝

もう一つはこちら。

かなり傷だらけですが、わざわざここに置いたということは、
「これは力石だ」との言い伝えが残っていたからでしょう。

不思議ですね。

どこから見ても価値のない石だけれど、
昔、これを担いだ若者たちのがそうさせるのか、

今もこうして捨てられずに居座っている。

斎藤新発見4
57×25×20㎝

こちらは2007年に発見した力石です。

「当時は隣りの千駄野自治会館の裏に、半ば埋没していたんです。
それが神社の脇に移動していました。

住所も当時は南埼玉郡白岡町千駄野だったのが、
今は、白岡市千駄野。

あれから14年。時の流れを感じます」と斎藤氏。

斎藤新発見5
62×40×15余㎝


   
   

         杵淵彦太郎氏に
              君、石を愛し給えば、


    石は黙ってものを言ふ
   直に心にものを言ふ

   雨には濡れて日に乾き
   石は百年易(かわ)らない

   流れる水にさからって
   石は千年動かない



                堀口大学「人間の歌」


     ーーーーー◇ーーーーー

高島先生ブログ(5月4日)

「兵庫県豊岡市出石町口・小野地蔵堂」


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だるまさんがころんだ

斎藤ワールド
02 /12 2021
みなさま、地震、大丈夫でしたか?

前回の大地震のときは揺れが長くて、おもわず外へでましたが、
鉄筋の建物が左右にしなうのを見て、ゾッとしました。

今回は2回来ましたが、ゆらりとしただけで済みました。
みんな同じ地面で繋がっていることを実感しています。

    
     ーーーーー◇ーーーーー

苔むしただるまさんをお見せします。

コンクリート製だそうです。珍しいですね。
どなたかが思いを込めて制作したはずですが、今は路傍に野ざらし。

斎藤氏によれば、あと2体あったとか。

石造物の「老後」もいろいろ。

同じように苔におおわれても、

このだるまさんのように、残念な晩節の石造物もあれば、
年輪を重ねるごとに見る人に安らぎを与え、敬われる石仏もあります。

春日部市の達磨
春日部市市内・路傍

女性蔑視発言で叩かれまくったオリ・パラの森会長さん。
見事に古き悪しき時代を見せてくれました。

ああいう発言、あのくらいのご老人からは今も普通に浴びせられます。
思っていても口には出さないお利口さんも大勢います。

女に学問はいらない。口の達者な女は嫁の貰い手がない。
男は男というだけで女より優れている。女は男を鼓舞するだけの存在でいい。

昔、仕事のため保育園入園を希望したら、役人からこう言われた、

「あんたの亭主は、女房を働かせなければならないほど稼ぎがないのか」と。

そういう時代の、ことに権力を握った男たちには、
たぶん、あの発言が、
なぜ、女性蔑視になるのか理解できないのでは、と思います。

で、そういう男性は得てして、自分の妻や娘や孫娘には気を遣うんですよね。

と、ブツブツ独り言を言っていたら、
杉戸町の石材彫刻店のだるまさんが、首をすくめつつ声を掛けてきた。

杉戸町の達磨
埼玉県葛飾郡杉戸町・郊外

「いやー、めんぼくない。ホント、男ってやつはちっとも進歩がない」

「いえいえ、同年配のご婦人方にも責任の一端はありますよ」と私。

そういう価値観が染みついているせいか、
はたまた蔑視発言を聞いて笑ったという会場の男達のように、
媚びて言うのかはわかりませんが、

町内会の会合でもみなさん、当然のようにこう言いますから。

「やっぱり上に立つのは男でなくちゃ

するとだるまさん、ますます恐縮の体(てい)で、
「男なんて見掛け倒しでサ。このわしだって、強そうなのは外見ばかりだし」

と、デカイ目玉で天を仰いだ。

さてこの辺で、私のだるまさんのご披露といきますか。

これです。
CIMG5426 (2)

タテヨコ1cmほどの小さなだるまさんです。
横のボールペンが巨大に見えます。

目が出たり引っ込んだりします。

果たして私の人生の芽、出たのでしょうか(笑)

さて、ゆえあって只今禁酒中の斎藤氏、
ノンアルコールの缶ビールを飲んでいた時、思わぬ発見をしてニンマリ。

「こんなところに、ミニだるまが…」

あ、確かに白いだるまさんに見えますね。

斎藤氏、いわく。
「アフロヘアのジャズメン? それともNBAの八村塁選手か?」

IMG_0391.jpg

コロナ禍、不景気、災害、経済格差、貧困に、
あの性差別発言が追い打ちをかけて、人の心をより暗くしたのは確かです。

ですが、それは偶然あぶりだされた一現象にすぎない。

巨額のお金が飛び交うスポーツの祭典に、違和感を持つのは私だけだろうか。
置いてけぼりを食った庶民には、もはや夢も希望も高揚感もない。

57年前の東京オリンピックでは、日本中が沸き立っていたけれど、
あの輝きと一体感はもう望めそうにないし、望む気持ちも失せました。

83歳の次は84歳のリーダーだそうで…。

「老成円熟」という言葉が持つ重みから程遠い事態にぶったまげて、

だるまさんが転んじゃった!


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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞