吟醸「力石」
三重県総合博物館
「力石」と名付けられたお酒があります。
銘酒「力石」徳利

これにはこんな逸話が…。
「埼玉県比企郡小川町の酒蔵・細川酒造では、
かつて「正成」という酒を出していたが、関西に同じ銘柄のものがあり、
明治32年に使えなくなった。
そのころ主人が旅行先の伊豆方面の寺で、
「開運の石」というものを持ち上げたら、軽々とあがってしまった。
以後、これにあやかって商標を「力石」にした」(保田義治氏談)
こうして長年、多くの方に親しまれてきた清酒「力石」でしたが、
洋酒に押されて全国的に日本酒の伸びが鈍ったため、
「昭和60年ごろ、「力石」の醸造権を群馬県の群馬酒造に譲渡」
(高橋正氏談)
下の写真は、群馬酒造の傘下に入り、
引き続き埼玉工場で製造していたころのものです。
清酒「力石」布袋 と 高級清酒「力石」前掛け

前掛けが折れ曲がっていたのをそのまま写したため、
「埼玉工場」の「埼」文字が隠れてしまいました。トホホ。
そのころの細川商店のHPです。
「細川商店(株)」
しかし日本酒の低迷は続き、2007年、群馬酒造も廃業。
清酒「力石」は今度は、
群馬酒造から同じ群馬県の聖徳銘醸へ移ります。
※甘楽郡甘楽町白倉686-1 蔵見学あり。
「聖徳銘醸(株)」
最初の醸造元の細川商店は、現在、
無農薬・無化学肥料の米や野菜の通販のみの商店になっていますが、
清酒「力石」も扱っているそうです。
※細川商店は事務所のみ。
もう一つお見せします。
本格芋焼酎「河津三郎の力石」

これは河津桜で有名な伊豆の河津町商工会が、
平成20年から3年間の限定で作った幻の焼酎です。
原料のさつまいもは地元の「黄金千貫」、
醸造は富士山の湧水を使った「富士錦酒造」でしたから、
これは絶品でした。
とはいうものの私は下戸なので、中身だけ知人に飲んでもらいました。
こちらが力石焼酎に名を冠した鎌倉武士・河津三郎です。
日本三大仇討ちの一つ、あの曽我兄弟のお父さん。
といっても、今では知る人も少なくなりましたが…。
手前に置かれた力石は、河津三郎の「手玉石」です。

静岡県賀茂郡河津町・河津八幡神社
静岡県には男も泣かせる「おんな泣かせ」なんてお酒がありますが、
かろうじて命脈を保っている清酒「力石」の現状は、
ちょっぴり寂しい~。
ほんに、
「おんな泣かせ」ならぬ「ちから姫泣かせ」ですわ。
※参考文献/「埼玉の力石」高島愼助 岩田書院 2007
※情報提供/賀茂郡河津町役場 産業振興課
/細川商店
/斎藤氏
※協力/三重県総合博物館
追悼
温厚な静岡市民そのままだった潮丸さん(東関親方)、さようなら。
それにしても若すぎる旅立ちで残念です。

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銘酒「力石」徳利

これにはこんな逸話が…。
「埼玉県比企郡小川町の酒蔵・細川酒造では、
かつて「正成」という酒を出していたが、関西に同じ銘柄のものがあり、
明治32年に使えなくなった。
そのころ主人が旅行先の伊豆方面の寺で、
「開運の石」というものを持ち上げたら、軽々とあがってしまった。
以後、これにあやかって商標を「力石」にした」(保田義治氏談)
こうして長年、多くの方に親しまれてきた清酒「力石」でしたが、
洋酒に押されて全国的に日本酒の伸びが鈍ったため、
「昭和60年ごろ、「力石」の醸造権を群馬県の群馬酒造に譲渡」
(高橋正氏談)
下の写真は、群馬酒造の傘下に入り、
引き続き埼玉工場で製造していたころのものです。
清酒「力石」布袋 と 高級清酒「力石」前掛け

前掛けが折れ曲がっていたのをそのまま写したため、
「埼玉工場」の「埼」文字が隠れてしまいました。トホホ。
そのころの細川商店のHPです。
「細川商店(株)」
しかし日本酒の低迷は続き、2007年、群馬酒造も廃業。
清酒「力石」は今度は、
群馬酒造から同じ群馬県の聖徳銘醸へ移ります。
※甘楽郡甘楽町白倉686-1 蔵見学あり。
「聖徳銘醸(株)」
最初の醸造元の細川商店は、現在、
無農薬・無化学肥料の米や野菜の通販のみの商店になっていますが、
清酒「力石」も扱っているそうです。
※細川商店は事務所のみ。
もう一つお見せします。
本格芋焼酎「河津三郎の力石」

これは河津桜で有名な伊豆の河津町商工会が、
平成20年から3年間の限定で作った幻の焼酎です。
原料のさつまいもは地元の「黄金千貫」、
醸造は富士山の湧水を使った「富士錦酒造」でしたから、
これは絶品でした。
とはいうものの私は下戸なので、中身だけ知人に飲んでもらいました。
こちらが力石焼酎に名を冠した鎌倉武士・河津三郎です。
日本三大仇討ちの一つ、あの曽我兄弟のお父さん。
といっても、今では知る人も少なくなりましたが…。
手前に置かれた力石は、河津三郎の「手玉石」です。

静岡県賀茂郡河津町・河津八幡神社
静岡県には男も泣かせる「おんな泣かせ」なんてお酒がありますが、
かろうじて命脈を保っている清酒「力石」の現状は、
ちょっぴり寂しい~。
ほんに、
「おんな泣かせ」ならぬ「ちから姫泣かせ」ですわ。
※参考文献/「埼玉の力石」高島愼助 岩田書院 2007
※情報提供/賀茂郡河津町役場 産業振興課
/細川商店
/斎藤氏
※協力/三重県総合博物館
追悼
温厚な静岡市民そのままだった潮丸さん(東関親方)、さようなら。
それにしても若すぎる旅立ちで残念です。

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