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埼玉の「力石親善大使」

力持ち大会
04 /29 2023
金沢市在住のそばつぶさんから、
「埼玉県の力石を、日々持ち上げて巡っている方がいます」
との連絡をいただきました。

「さかもっちゃん」こと 坂本さん。

動画を見てたまげました。
いままでにないキャラクターです。




石を持ったまま、しゃべり続けます。

夫婦円満、家族愛、若者たちへのメッセージ。


子供が生まれたァと言っては石を持ち、
結婚記念日には愛妻への感謝を込めて石を担ぐ。

社会科見学にやってきた小学生たちを前に、急きょ石を担いだときは、
いつになくあがっちゃって…。
純情なんですね。(#^.^#)

さかもっちゃんは、5人の子どものお父さん。
家族だけではなく誰にでも、
あふれんばかりの愛を、惜しみなく「まき散らす」

動画を見ている私まで、ふんわりホッカホカ。
さかもっちゃんは心優しい力持ちさんなんです。




市会議員もついつられて石に挑戦。
参拝に来たお兄さん、子育て中のママ、73歳の実母まで。

元気いっぱいの笑顔とトークに引き寄せられて、誰もが力石に寄ってきます。


まさに「力石親善大使」です。!!

掲示板の下には、石を担いだときの坂本さんの写真が貼られています。



なんだか、あの「柴又の寅さん」と重なってきちゃって…。

どうぞ、下記のURLから、
坂本さんの力石に掛ける情熱とはじける笑顔とマシンガントークを
とくとご覧ください。

きっと日ごろの憂さも吹っ飛びます。


「さかもっちゃんねる」

でも、「さかもっちゃん」さん、

たまには黙って担いでチョ!

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「力持ちは日本を元気にする」

力持ち大会
04 /26 2023
JSU代表の中嶋健詞氏は、

「力持ちは日本を元気にする」を信条に、

「日本による日本のための日本の筋力文化」実現のため、
「ストロングマン競技の発展、普及、選手育成」に日夜、心血を注いでいます。

動画を拝見すると、ストロングウーマンもいらっしゃる。
しかもみなさん、キリリとして美しい。

素敵ですね!




で、ストロングマン道をひた走る吉川氏に、
「力石に興味を持たれたきっかけ」をお聞きしたら、
「2年前ごろ、越谷市出身の三ノ宮卯之助を知ったことから」と。

卯之助を通じて力石に目を向けてくださったとは、本当に嬉しい。

金沢市在住のそばつぶさんから、
「吉川さんは、鷲宮神社の力石のほかに、
白岡市実ヶ谷の久伊豆神社の力石にも挑戦されています」
との
またまたうれしい知らせ。

同時に、下記のインスタを送ってくださった。

鳥居の写真右横の矢印をクリックすると、力石が、次をクリックすると
石担ぎに挑戦している吉川氏が出てきます。

「吉川さんのインスタ」

超重量を挙げ、無差別級4位のツワモノの吉川氏ですが、
力石は勝手が違うようで、ちょっと苦戦。

「バーベルと違い天然石なので重心が捉えずらいので難しいです」
と吉川さん。


浪速の長州力さんも岐阜の大江誉志さんもそばつぶさんも、
同様のことをおっしゃっていました。

「力石はバーベルのように持つところがない。
その上、形が様々だから重心がつかみにくい。
石質によっては滑ったり尖っていたりで、一筋縄ではいきません。

また、鉄分を多く含んだ石は小さくても重いなど、
必ずしも大きな石が重いとは限らない

バーベルと力石では持ち上げる技術やコツが全く違うんです」

「Japan strongest unity2021」での無差別級受賞者さんたち。
右端が吉川実氏です。
みなさん、カッコイイですね!

2021無差別級
「SBD JAPAN 公式BLOG」より

改めて吉川さんに、鷲宮神社での石上げの感想をお聞きしたら、

「何回も触れば上がりそうな気がしました。
今上がらないものが練習して上がるようになる達成感がたまらなく好きなので、
いろいろチャレンジしていきたいです」

「とりあえずは四十五貫目上げないと…」と。


古代エジプトやインド、ギリシャなどでは力石を、
「男らしさの石」(manhood stone)と呼んでいたとのこと。

きっと近いうちに、ストロングマンの心意気をみせてくださると思います。

私、「ちから姫」としましては、ストロングマンのみなさまに、
一度でいいからぜひ、
力石に挑戦していただけたら、

と、そう願っております。


卵と並んだ私の「力石」です。片手で上がります。
CIMG2846.jpg

埼玉県白岡市・上野田鷲宮神社総代さまを始め、
ストロングマンの吉川実さま、プロレスラーの稲村愛輝さま、
映像などお借りしたJapn Strongest Unity代表BIGKG・中嶋健詞さま、
SBD JAPAN 公式BLOGさま、

厳しくも楽しい「力の世界」を見せていただき、
ありがとうございました。今後ますますの発展を祈りつつ…。

そして神社境内の一枚の掲示板から、思わぬ世界に導いてくださった
斎藤氏に、感謝とこんなお願いを。

「また夢の扉の発見を待ってまーす!」


ーーーお知らせ

東京・お台場で「キメラゲームス」「ストロンゲストマン」を開催。
2023年5月20日(土)~21日(日)
会場は青海臨時駐車場NOP区画(東京都江東区青海1丁目1)
「CHMERA GAMES VO1.8」

横田基地・野外ステージで、
「ストロングマンチャレンジ」を開催。2023年5月21日(日)
「横田基地日米友好祭2023」

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力の極限に挑む

力持ち大会
04 /23 2023
ストロングマン

こういうスポーツがあることを、私は全く知りませんでした。
つくづく、
やっぱり年を取りすぎたなぁとわが身を振り返りました。

白岡市の鷲宮神社の力石に挑戦した吉川実氏は、
「海外ではかなりメジャーなスポーツです」とおっしゃった。

その吉川氏、私からの質問にいろいろ答えてくださったのですが、
その中に「そばつぶ君とはインスタで知り合いです」とあって、びっくり。


「そばつぶ君」=金沢市在住で、力石に挑戦している若者のこと。

うわぁー、思わぬつながりです。

吉川さんが「彼はやりこんでいますね」と評価したそばつぶさんに、
早速、メールすると、こんな返事が…。

「彼らはストロングマンと呼ばれる超人パワー集団の人なので、
私とは子供と大人くらいの力の差があります」


その吉川氏、(↓クリックしてね!)
「JAPAN STRONGEST UNITY」
所属のストロングマンで、
同会の関東支部を主宰し、ご自宅の道場で合同練習をされているとのこと。


JSU代表の中嶋健詞氏(前列中央左)と吉川実氏(同・右)
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「JAPAN STRONGEST UNITY」HPよりお借りしました。

プロレスラーの稲村愛輝選手とのご縁は、
「この関東支部に参加している関係から、今回力石に一緒に参加してくれた」
そうです。


ビッグな3人とビッグなおやつ!


即席の聞きかじりですが、このストロングマンというのは、
人間が持つ力の極限へ挑戦するスポーツで、

ウエイトリフティングやパワーリフティングがバーベルのみ使うのに対して、
こちらはタイヤでもドラム缶でもなんでも使うそうです。


凄い世界があるもんですね。

大正から昭和初期に活躍した力石の力持ち・神田川徳蔵さんが知ったら、
きっと飛び入り参加をしたのではないかと思います。


徳蔵のことは拙ブログで詳しく紹介しましたが、改めて簡単に述べてみます。
本名・飯田徳蔵。旧姓「佐納」。茨城県那珂湊出身。明治24年生。

東京・秋葉原の神田川沿いにあった「神田川米穀市場」、
そこの荷上げ業「飯定組」の陸仲士だったころの徳蔵です(後列右端)。
のちに親分に見込まれて2代目を継ぎます。前列は養父。後列左は羽部重吉。
全員、ピカピカの皮のブーツを履いています。
より神田川徳蔵孫

日本政府が海外からバーベルを購入する13年も前に、
徳蔵はすでにバーベルを持っていました。


愛用の力石を足元に、当時「球棹」と呼ばれていたバーベルを持つ徳蔵。
当時の写真にはどれにも力石とバーベルと鉄アレイが写っています。
進取の気性、先見の明があったようで、当時は貴重品だったカメラも所持し、
たくさんの写真を残しています。
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徳蔵は、世間から「ただ馬鹿力を出すだけのもの」と蔑まれ、
練習場も道具もなく困っていた若者たちのために、自費で道場を建てた。


この「力」について、私がお会いした力石経験者の誰もがこうおっしゃった。

「ただ馬鹿力を出しただけでは石は上がりません。
それだけに頼ると腰を痛め腹が裂けて、歯もガタガタになる。命を落とす」

そんなお一人、今は亡きMさんです。若いころ愛用した力石と。
「山仕事だったんで力がないと。それで暇さえあればこれで鍛えたんだ」
穏やかな優しい笑顔が、今も目に浮かびます。
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その重量挙がようやく理解を得られたのは、戦後初の東京オリンピックで、
三宅選手が金メダルを獲得してからというのですから、

徳蔵が若者たちに道場を提供していた時代は、
どれだけ世間からの冷たい目にさらされていたことか。


ここで育ち、のちにウエイトリフティング協会理事長になった井口幸男は、
徳蔵さんは仕事帰りにそっと道場をのぞき、
「がんばれよ」と声を掛けてくれたと、著書に書いている。

そのころの徳蔵氏です。重量挙選手権大会をたびたび主催。
甥の飯田勝康は、戦後、両陛下の前で重量挙を披露し、
三宅選手を始め多くの選手を育てるなど、コーチとして活躍した。


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徳蔵が建てた「神田川重量挙道場」での若木竹丸氏。

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昭和7年(1932)、朝鮮中央研究所の徐相天より
「第2回朝鮮力道大会」に招待されて、この3人で参加。
左から徳蔵、若木、徳蔵の甥の飯田一郎

徳蔵と若木たちの年齢差は20歳。

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私が大好きな力持ち、徳蔵さん。

東京大空襲で焼け出され、「飯定組」時代、徳蔵の片腕だった
羽部重吉の家に身を寄せ、終戦を迎えた。

その翌年、
一人息子が戦地から生還。それを見届けた直後に急逝。享年55歳。

力石をバーベルに持ち替えて、
日本のウエイトリフティングの基礎を作った力持ち力士です。


今、力の極限に挑むストロングマンたちの活躍を、
空のどこかでニコニコしながら見守ってくれている、そんな気がします。


※徳蔵の写真はすべて、縁者の方からの提供です。

つづく

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男たちの競演

力持ち大会
04 /20 2023
上野田鷲宮神社の総代さんのS氏から、2通目のメールが届きました。
昨年、境内に立てた掲示板と同じ文面の、新しい「お知らせ」を貼付。

温かみのある内容で、ホッとしつつ有難く拝受。

その「お知らせ」がこれです。
鷲宮掲示板文
この下に写真が続いています。

これによると、石を担いだのは、
地元の
吉川 実さんとプロレスラーの稲村愛輝選手とあります。

プロレスラー! いつもの力持ちの登場とは違う展開です。

プロレスで思い出すのは、今は亡き母のプロレス好きです。
日ごろは見せない姿が、もうね、凄かった。

テレビに向かって叫ぶんですよ。

「そこだ!やれ!」「いいぞ! もっとやれ!」

良妻の仮面の下に溜め込んだうっぷんを晴らすみたいに。


反して私はスポーツの試合は見ていられないタチで、
サッカーでも野球でも勝敗にはハラハラし通しで、生きた心地がしないから、
今でも試合が終わったあとのダイジェスト版しか見られない。

だから一対一の格闘技なんてとてもじゃないけど、
自分がリングにいる選手と同化して、全身ボコボコ、アザだらけになる。

なにしろ子供の頃から感情移入が尋常ではなかったから、
チャンバラや西部劇の映画を見た後は、体中、刀傷や銃弾の穴だらけで、
瀕死の体
(てい)でヨロヨロと映画館を出た。

上映中も「イタッ」「ウウッ」と呻くので、「うるさい」と叱られた。

こちらは、地元の吉川実さんです。
吉川さん
埼玉県白岡市上野田・鷲宮神社

ここの力石、四十五貫目(約168㎏)もありますから、
吉川さんの体と比べても、その大きさがお分かりいただけるかと思います。


力石全盛のころは16貫(60㎏)が最低の重さで、
プロはそれ以上の石を担いだ。

高島先生の調査によると、20貫目から30貫目前後が多かったそうですから、
四十五貫もあるここの力石は格別の重さということになります。


こちらがプロレスラーの稲村愛輝さんです。
画像1

まだまだ余裕のお顔ですが、
「肩までいかなかったので、二人とも満足せず、後日再度チャレンジする」
とのこと。


楽しみです!

最近はすね毛を気にして脱毛し、整形顔のナヨッとした
少年ぽい男ばかりが目について、日本はこの先、大丈夫かと
心配していたけれど

この、仁王さんみたいなド迫力の、
これぞ男の中の男たちという「力持ち」の出現に、

いやー、まだまだ世の中、捨てたもんじゃないな、と。

下のURLは稲村選手が所属する「プロレスリング・ノア」のサイトです。
稲村選手の紹介をしています。どうぞ、ご覧ください。

「プロレスリング・ノア公式サイト」

上野田鷲宮神社の本殿を背景に、力持ち3人が並んでいます。
左側が稲村選手、中央が吉川さんです。

wasimiya3

さて、この日、四十五貫目の力石に挑戦したお二人、
どういうお知り合いか、吉川さんにお聞きしたら、

「ストロングマン」っておっしゃった。

ストロングマン?
私、この名称、初めて知りました。


つづく

ーーー
吉川実氏より、ストロングマンについて下記の記事が寄せられました。
参考までにどうぞご覧ください。

「世界最強の男」

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令和の力持ち現る

力持ち大会
04 /17 2023
盃状穴の途中ですが、臨時〈ニュース〉です!

ーーー

今年2月のできごとです。

力石研究者の斎藤氏が、2月にしてはポカポカした陽気につられて、
埼玉県白岡市の鷲宮神社を訪れたときのこと。

境内に何やら掲示板が立っていたので、近づいてみると、


「令和の力持ち現る」の文字が…。

なんと、ここで力石を担いだという内容ではないですか。

鷺宮レスラー2
埼玉県白岡市上野田・鷲宮神社

石を担いだのは昨年12月。
掲示板は雨に打たれて滲んでいましたが、
ここで石を担いだ人がいたなんて、これはもう興奮せずにはいられません。

担いだ力石はこれ(下の写真)です。

「〇(梵字)奉納 高祖大明神石 
四十五貫目 武州埼玉郡太田庄岩付領上野田村施主
安永六年酉霜月六日 吉沢作右衛門 敬白」

江戸中期の1777年の奉納です。

この石が奉納されたのは、どんな時代だったかというと、
東京・富岡八幡神社に石を残し、七代目市川団十郎に唄われた
「中の字」こと
中村弥兵衛や、
「石の平蔵」の異名をとった八丁堀・亀嶋平蔵
活躍していたころです。


そしてこの石は、
岩付領三野宮村出身の
三ノ宮卯之助が生まれる30年も前の石なんです。

鷺宮レスラー1
79×38×32cm 四十五貫目は約168㎏

いったいどんな人が挑戦したんだろうと、もう知りたくてウズウズ。

でも、開催から2か月もたっているから、雨風に打たれてこれこの通り。

かろうじて、屈強な男たちが写っているのがわかりますが、
うーん、じれったい!

なんとしてでも突き止めねばと血が騒ぐ。

というわけで、
いつもの
「突撃取材」を開始。

鷺宮レスラー3

でも連絡先は、白岡市の上野田鷲宮神社しかわかりません。

そこで斎藤氏が見つけてくれたツイッターを拝見。

確かに同じような写真が出ていましたが、
政治家さんの後援会だろうか。その関係者の名前しかない。

ならばと、その後援会事務所を検索したら、
ヒットはしたけれど連絡先は、これまた事務所の住所だけ。

それならと、手紙を出しました。

後援会事務所に遠方から、見ず知らずの、
しかも年齢不詳の女からの手紙ですから、どこぞの県知事じゃぁないけれど、
選挙の前だから、怪文書かワケあり女人からの恨み骨髄の告発文か! 
なァーんて思われかねない。

とまあ、いらぬ心配をしつつ、待つこと一か月余。

ようやく、鷲宮神社の総代さんからメールが届きました。
やれやれと、ひとまず安堵。


上野田鷲宮神社の力石を別角度からアップ。
わしみや3

総代さん、鮮明な写真とともに、
丁寧な文面の以下のメッセージまで送ってくださったんです。


「この力石持ち上げの経緯ですが、
地元の力自慢の若者が、この力石を持ち上げたいと挑戦して、
神社総代の私が立ち合いしたものです」

地元の力自慢の若者!

思いがけない話に発展しそうな気配。期待が高まります。\(^o^)/

つづく

ーーーーー

斎藤氏から以下、寄せられました。
「上野田鷲宮神社の社号標は、中村不折の揮毫ではないかと思うのですが…」

これです。
わしみや2

中村不折は明治~昭和初年に活躍した洋画家・書家。

夏目漱石の「吾輩は猫である」の挿絵や、森鴎外の墓碑銘を揮毫した人で、
俳人の正岡子規などとも親交があった。

総代さん、社号標の揮毫は果たして、中村不折の書でしょうか?



ーーー斎藤氏からーー

上野田鷲宮神社の社号標について、調査の結果、
「残念ながらここのは違いました」とのご連絡がありました。

後日、その調査結果などをお知らせします。

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雨宮清子(ちから姫)

昔の若者たちが力くらべに使った「力石(ちからいし)」の歴史・民俗調査をしています。この消えゆく文化遺産のことをぜひ、知ってください。

ーーー主な著作と入選歴

「東海道ぶらぶら旅日記ー静岡二十二宿」「お母さんの歩いた山道」
「おかあさんは今、山登りに夢中」
「静岡の力石」
週刊金曜日ルポルタージュ大賞 
新日本文学賞 浦安文学賞