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閻魔大王

目的地は、相模灘に突き出た伊豆下田の須崎小白浜です。
須崎御用邸とは反対側の小白浜は、海と山に挟まれた小さな漁村です。
潮の香が鼻孔をくすぐります。

山の斜面にへばりつくように作られた三十三観音への石段を上りつめると、
庚申堂に出ました。本日の目的の閻魔さまはそのお堂の中に
おられました。

石造り朱塗りの閻魔さまは、頭に頭巾をいただき、道服をまとい、
右手に笏を持った座像で、汗だくの私を恐ろしいお顔で迎えてくれました。
CIMG0158 (2)
人の死後、その生前の善悪を判じて賞罰を加えるという冥界の王です。
江戸中期の作だそうです。

かつてこの閻魔さまに、東京から会いに来られた方がいました。
今は亡き上智大学名誉教授の伊東 明先生です。
先生は力石の研究者でした。

これは先生が残されたこの閻魔様のスケッチです。
img183.jpg

「近くの村で力くらべをした。
その村の人は、この大きなエンマ様を一人で運べたら運んだ人に
エンマ様をくれるという。須崎の力自慢はそれなら俺がいただこうと、
この大きな重いエンマ様を軽々と抱き上げ、やがて背負ってここまで運び、
庚申堂に安置したと伝えられている」
=下田市教育委員会 力くらべのエンマ様、下田市の民話と伝説。

庚申堂に掲げられた説明板です。
CIMG0157 (2)

ジャーナリストの岩下俊三氏は、以前のブログで「閻魔大王」を名乗られていました。
今はこの世に蘇り、本名で鋭い批評を発信しています。

あまりにもひどい日本の指導者への怒りは、
エンマの名を捨てた今もなお燃えたぎり、閻魔大王そのものであります。

   炎天下エンマ大王真っ赤っ赤





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プロフィール

雨宮清子(ちから姫)

Author:雨宮清子(ちから姫)
昔の若者たちのスポーツ「石上げ」に使われた「力石(ちからいし)」の歴史・民俗を調査研究しています。力石のことを少しでも知っていただけたら嬉しいです。

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